よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第八話 瑠璃の空〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 後日、僕の話を聞いた律(りつ)さんは、石で絵の具を作るというキットを紹介してくれた。石を絵の具にするための簡単な道具と、基本的な石がセットになっているというものだ。
 僕は早速、貯めていたお小遣いでキットを購入してみた。
「へぇ、気軽に石の絵の具を楽しめる道具があったんだね」
 土蔵の中でキットの梱包(こんぽう)を開く僕を、雫は興味深そうに眺めていた。中には、研磨剤や定着剤、そして、少量の石などが入っていた。
「私製の葉書も入っているね。このくらいの大きさの石ならば、葉書に絵を描くのに丁度なのかもしれないな」
 雫は、セット内容を眺める。入っていた石は親指の先くらいの大きさで、高木君のような本格的な絵を描くには足りないかもしれない。でも、葉書に描くのなら、充分に使えそうだ。
「えっと、先(ま)ずは研磨剤を用意するのか……」
 僕は、同封されていた説明書の手順通りに進める。
 研磨剤に水を少し加え、その上に石を載せてゆっくりと擦ってみる。僕が選んだのは、孔雀石だった。
 孔雀石は、研磨剤で擦られる度に、深みのある緑色を生み出していった。
「わぁ、本当に緑青(ろくしょう)の色だ。このままでも綺麗だけど……」
「色はそのままでも良いのだけど、今のままでは粉末状の石だからね。乾いたら、風に乗って何処かに行ってしまいそうだ」
 雫はそう言って、僕に定着剤を手渡してくれた。
「あ、そうか。今は湿っていても、いずれは乾いちゃうんだった……。その時に飛んで行かないための定着剤なんだね」
 僕は、粉末状の孔雀石に定着剤を混ぜる。細かくなった孔雀石に馴染ませるように、筆先で丁寧に撫でた。
 そうしているうちに、孔雀石が馴染んで来た気がする。頃合いかなというタイミングで、僕は真っ白な私製の葉書に緑青を宿した筆を載せてみた。
 スッと筆を走らせると、そこに緑が生まれた。新緑が芽吹いた野山のような色が広がる。
「素朴で、優しい色だね」
 僕は顔を綻ばせた。
「樹(いつき)に気に入って貰えて、彼も満足だろうね」と、雫は削られた孔雀石の方を見つめていた。
「高木君みたいな絵は描けないけど、ちょっと頑張ってみたくなったかも。この葉書を、受け取って欲しい人もいるし」
「おや、それはいいね。誰に送りたいか、聞いてみても構わないかな」
「お祖父ちゃんに渡したいんだ」
 僕の答えに、雫は目を見張った。そして次の瞬間、安らぐような微笑みをこぼす。
「それは、達喜(たつき)も喜ぶと思うよ」
「へへ、そうかな。そうだといいな」
 僕は、緑が生まれた葉書のカンバスを見つめる。
「まあ、仏壇にお供えする形になるけどね。書きたいことや言いたいことは沢山あるけど、今はただ、石と触れ合うのを楽しんでいるっていうことを伝えたくて」
 この白い世界に、孔雀石の緑をたくさん植えよう。群青色の絵の具の素材として藍銅鉱も入っているけれど、空はラピスラズリのウルトラマリンにしたい。祖父の遺(のこ)してくれたラピスラズリ達の力を借りたかった。
 他にも、赤い屋根の家を置きたい。そのすぐそばに、大きな水晶も描きたい。
 無色透明の水晶を、どうやって表現しよう。そして、どんな石を使おう。
 石が持っている色を想像し、白いカンバスに載せた姿を思い描くだけで、鉱物が持つ色の幻想に浸れそうだ。
 石の面白さに気付いてくれた高木君も、きっとそんな想いを抱いてくれるだろう。
 石の絵の具を体験出来るキットのことは、明日、高木君を探して教えてあげよう。
 葉書の限られたスペースに、あの美しい絵を描く高木君を想像しながら、僕はしばらくの間、鉱物が生み出す色に魅せられていた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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