よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第九話 仮晶の夢〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「本当だ、採集記録じゃない……!」
 ざっと目を通すけれど、水晶の話題も蛍石(ほたるいし)の話題も、黄鉄鉱(おうてっこう)の話題もそこにはなかった。あるのは、他愛のない日常だ。祖母のことや、父のこと、母のことまで書いてある。
 その中に、僕のこととメノウのことも書いてあった。
「お祖父ちゃん……」
 祖父は気難しいと思っていたので、あまり話す機会はなかった。だから、祖父が何を考えているか、よく分からなかった。
 気付いた時には、達筆な字を目で追っていた。
『某月某日、樹(いつき)は風邪をひき、床についている。体はあまり強くないらしい。長引かないか心配だ。将来はもっと、風邪をひかないようになれればいいのだが』
 幼い頃、僕は病弱だった。
 ちょっと風邪をひいただけでも高熱を出し、その度にお医者さんに行っていた。祖父の日記には、そのことが記されていた。
「幼い頃よりは病気しなくなったかな……」
 季節の変わり目に体調を崩すことは多いけど、病院に行くほどではないし、よっぽどのことが無い限り、安静にしていればすぐに治る。
「達喜の祈りと、樹の成長の賜物(たまもの)かな」
 雫は、愛おしさを湛(たた)えた笑顔をくれる。祖父にそんな風に笑ってもらえれば良かったのにと、少し胸が痛かった。
 日記には、僕のことと一緒に、メノウのことを書いてある日が多かった。
 メノウは、鉱物の瑪瑙(めのう)から名前を取った祖父の愛犬だ。僕にとっては家族も同然だったけれど、メノウは祖父のもとへ行ってしまった。
 でも、日記の中では、僕とメノウが一緒にいた。
 幼い僕が、恐る恐るメノウに触れた時、怯(おび)える僕の頬を、メノウは親しげに舐(な)めてくれた。それから仲良くなって、庭でよく遊ぶようになったし、散歩にもついて行くようになった。
「メノウ……」
 すぐそばで、メノウの息遣いが聞こえるかのようだった。それほどに、祖父の日記は丁寧に、そして僕達が活(い)き活きと書かれていた。
 祖父は、僕達を見守っていた。ともに健やかに過ごして欲しいと願っていた。
「おや?」
 雫が目を瞬かせる。
 いつの間にか、僕の両目から、ぽろぽろと涙がこぼれていた。僕は慌てて、手の甲でそれを拭う。
「真珠のような涙だ」と、雫は慰めるように微笑(ほほえ)む。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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