よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第九話 仮晶の夢〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「ごめん。お祖父ちゃんの日記が、濡れちゃう」
「大丈夫だよ。達喜も分かっているだろうから」
 慌てて日記を閉じる僕の手に、雫が手を重ねる。ひんやりして硬い手だったけれど、自然と心が落ち着くのを感じた。
「達喜やメノウが、恋しくなったのかな?」
「うん……。これを読んでいたら、そばにいるような気がして。でももう、お祖父ちゃんの声もメノウの息遣いも感じられないと思うと……」
 胸が潰れるようだ。
 どうあっても、彼らには会えない。こんなにも、会いたいのに。
「彼らの肉体は滅んだかもしれない。だけど、またいずれ、戻って来るさ。僕達は全て、何かや誰かだったものから出来ているのだから」
 雫は、僕を励ますように言った。しかし、僕は首を横に振ってしまった。
「理屈は分かる。雫が言っていること、とてもよく分かるよ。でも、やっぱり割り切るのは難しいんだ」
「それは仕方がないね。君達の心はとても複雑で、理屈でどうにかなるものではないから」
 否定する僕を、雫はやんわりと受け止めてくれた。
「ごめん。励ましてくれているのに。でも、今すぐ会いたくなってしまって……」
「そうかい。お墓参りをしに行こうか? それとも、僕が達喜とメノウのことを語ろうか?」
「ううん……」
 僕は曖昧に否定する。
 確かに、どちらもふたりを心のなかで感じることは出来るだろう。だけど、お墓の前に立ったら、ふたりが手の届かない場所へ行ってしまったことを強く感じるだけだ。僕が知らないふたりの話も聞きたかったけれど、会いたい気持ちが募るのではないかと思った。
「雫は、寂しくないの?」
「寂しいさ」
 雫は、いつもの澄ました表情で即答した。
「そっか……。いつも悟ったような感じだから、凄(すご)いなと思って」
「そうかな。君達と違って組成が単純だし、そう見えるのかもしれないね。君達は組成が複雑だから、感情の変化も豊かなんだ」
「鉱物である雫と、僕達では違う……」
「だけど、寂しさは同じだよ」

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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