よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第九話 仮晶の夢〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「雫は、読まなくても良いの?」
「僕には時間があるしね。ゆっくりでいいさ」
「まあ、僕も時間がないわけでもないけど……」
 祖父の日記に視線を落とす。
 市販のノートを利用しているようで、一見しただけでは日記に見えない。律儀に記述していたためか、表紙はすっかりボロボロになっていた。
 祖父がページを捲(めく)る時に掴(つか)んでいたであろう部分に、そっと触れる。すっかり劣化してしまって、紙の細かい繊維がぽろぽろと崩れるその場所に手を重ねると、祖父の痕跡を感じた。
「でも、近くにあると、少しだけ気がまぎれるかもしれないね」
 この日記をつけていた時の祖父の姿が、頭の中で想い描けるから。
「他の日記も、持って行くといい」
 日記は、一冊だけではなかった。雫は祖父の日記を、まとめて僕に手渡してくれる。
「いいの?」
「それは、樹が持っておくべきだからさ。口下手な達喜が、樹達に向けて宛てた手紙のようなものだからね」
 確かに、僕のことのみならず、家族のことも書かれていた。祖父はこんなことを感じていたのかと、初めて知ることもあった。
 祖父の日記を受け取る時、僕は少し躊躇(ちゅうちょ)してしまった。何故なら、雫の表情が何処(どこ)となく、寂しそうだったから。
「そう言えば、今週末は新宿でミネラルフェアが開催されるのだったかな?」
 雫は話題を切り替える。
「あっ、そうそう。律(りつ)さんと楠田(くすだ)さんと一緒に行くんだ」
「楠田さんというのは、この前、樹と糸魚川(いといがわ)に行った人のことだね?」
「うん。石のことに詳しくて、優しいお姉さんだった」
 そして、律さんとは石仲間とのことだった。あの二人のやりとりを見ていると、本当にそれ以上でもそれ以下でもないようだった。
「そうか。それでは、樹とも石仲間になれたのかな。友人が増えるというのは、良いことだね」
「友人って気軽にいうには年齢が離れているけど……」
「趣味の仲間に年齢は関係ないさ、きっと」
 礼儀は必要だと思うけれど、と雫は付け足した。
「関わる人間が多ければ、その分、樹の視野は拡がるからね」
「……うん」と覇気のない声を出してしまう。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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