よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第九話 仮晶の夢〈前〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「石精のこと……いや、雫のこと、知らないことばかりだ」
 このままでいいのだろうか。
 いや、何としてでも雫に歩み寄りたい。取り返しがつかないことになる前に。
「樹君……」
 律さんは心配そうだった。
「先日、祖父の日記を見つけたんです」
「達喜さんの?」
「はい。でも、鉱物採集の手記ではなくて、本当に普通の日記でした。僕のことや、家族のことが書いてあって……」
「へぇ、素敵じゃないか」
 律さんは顔を綻ばせる。
「達喜さんは口数が少ない人だったしね。そういうものは貴重だね」
「そうなんです。そこで、初めて知ったこともあって」
 祖父は、僕の成長を温かく見守ってくれていた。頭の中は趣味のことばかりで、僕なんて眼中にないと思っていたのに。
「だからこそ、また会いたいという気持ちが強くなって」
「だろうねぇ」
「……僕が落ち込んでいると、いつものように、雫が励ましてくれたんですよね。でも、素直に受け入れることが出来なくて」
 それは、二人の間に隔たりを感じていたからだ。
 僕は主に有機物で構成されていて、雫は主に無機物だ。それ以外にも、異なることは沢山ある。雫とは、根本的な気持ちを共有することが出来ないのだと思ったし、それが不可能だということに僅(わず)かな苛立(いらだ)ちも感じていた。
「僕と雫には、決定的な違いがあると思ってしまったんです。性格や経験以前の、根っこの部分が違うのだと。それで、余計に孤独を感じてしまったんですけど――」
 それ以前に、僕が雫を理解し切れていなかった。彼には、僕が知らない事情がまだまだたくさんあるだろうに。
 その話を、律さんと楠田さんは真剣に聞いてくれた。オフィス街を歩きながら、律儀に相槌(あいづち)を打ってくれていた。
「雫君のことは雫君にしか分からないし、僕も詳しく知りたいところだけど、二人の隔たりは取り除いておきたいよね」
 律さんは、腕を組んで考えながら言った。
「人間と石、有機物と無機物。確かに、大きな違いがあるように見えるけど、人間の身体も鉱物に支えられているしね。明確な境界なんてないんじゃないかな」
「雫も、同じようなことを言ってました」
 楠田さんの言葉に、頷いた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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