よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第九話 仮晶の夢〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

「あっ、あった!」
 楠田さんは何かを目敏(めざと)く見つけると、通路を早足で進む。僕はブースを見ている人達の身体に揉(も)まれながら、何とか楠田さんのもとへと辿(たど)り着いた。
「見て、樹君!」
 楠田さんが指し示したのは、巻貝だった。
 いや、巻貝の質感とは少しばかり異なり、表面はあまり光沢がない。そして何より、全体的に赤みを帯びていて、夕焼けの色で染めたかのようだった。
「もしかして、その優しい色は……」
「瑪瑙化した巻貝だよ。どうかな?」
 瑪瑙化した巻貝は、ブースに並べられた箱の中に、ゴロゴロとたくさん入っている。
 貝の表面にトゲトゲがあるけれど、先端が丸みを帯びているのと優しい色合いのお陰で、近寄り難さは感じなかった。
 どうやら、モロッコから来たものらしい。幸い、父から貰ったお小遣いで、何とか買える値段だ。
「これ、買って帰ろうと思います」
「それじゃあ、一番可愛い子を連れて帰らないとね」
 箱の中にある貝を吟味する僕の横で、楠田さんは腕まくりをした。
 どの貝も同じ値段のようだけど、それぞれ、大きさも違うし形も少しずつ違う。楠田さんは、素早く大きい巻貝を選んでくれたけど、僕はそれよりも小さい方がいいと思って断ってしまった。
「すいません、折角選んでくれたのに」
「ううん。こういうのは、ビビッと来た子をお迎えした方が良いしね。今は単純に、お得そうな子を選んでみただけ」
 どういうイメージで選んでいるの、と楠田さんが僕に尋ねる。
「片手で包み込んだ時に、すっぽりと入るような大きさですね。でも、指の隙間からこぼれないくらいが良いです」
「握り石みたいだね」
 手のひらで握って楽しむ石のことを、握り石というらしい。癒しの効果があるということで、パワーストーンの愛好家たちにも好まれているそうだ。
「最近は、割とそのサイズを意識してますね。翡翠(ひすい)もそうだったんですけど、安心感があって」
「分かるよ。石には独特の安心感があるよね。変化が少ないからかな。こちらが幾ら揺らいでも、そのままでいてくれそうっていうか」
「……そうですね。でも、石も変化をしている」

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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