よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第九話 仮晶の夢〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 クラスメートの石倉(いしくら)さんの、黄鉄鉱を思い出す。
 彼女の祖父から受け継がれた黄鉄鉱は、徐々に酸化してしまっていた。だけど、保存方法を工夫することで、分解の運命を少しでも遅らせるようにした。
 雫の本体である日本式双晶(そうしょう)は、黄鉄鉱ほど顕著な変化は無いけれど、日々、空気と反応して変化しているらしい。人間と速度は違うけど、確実に変わっているそうだ。
 雫も、変化が不安になる時はあるのだろうか。
「どうしたの?」
 楠田さんの声に、現実に引き戻される。つい、考え込んでしまっていたらしい。
「いえ、雫も水晶とは言え、日々変化してますし、不安があるかもしれません。普段は、とても悟った様子なんですけどね。怖いことなんて無いんじゃないかと思うほどで。でも、本当は、そう見えているだけなんじゃないかと」
「そうだね。普段の様子と本心は、必ずしも一致するものじゃないからね」
「楠田さんも、そうなんですか?」
 楠田さんは明るくて爽やかで、何事にもハキハキしているように見えた。だけど、悩みもあったようだし、僕には計り知れない何かを抱えているかもしれない。
「うーん、秘密かな」
 楠田さんは、意味深な微笑みを浮かべる。
「樹君の前でくらいは、カッコつけたいしね」
「でも、もし僕に出来ることがあったら……」
「うん。その時は、頼らせて貰うよ」
 ありがとね、と楠田さんはお礼を言ってくれた。
 本心にしても気遣いをしてくれたにしても、そのお礼は心からのもののように思えて、僕も顔を綻ばせた。
「あっ」
 ふと、箱の中に、ひときわ目立つ巻貝があるのに気付いた。思わず手を伸ばすと、そこに、楠田さんの手が重なる。
 二人して、慌てて手を引っ込めた。
「あっ、ごめん。樹君好みの貝を見つけたから、つい……」
「い、いえ。楠田さんもいいなと思ってくれたみたいで、良かったです」
 僕は改めて、その巻貝を手に取る。
 トゲは少しだけ欠けていたけれど、手に握り込むにはいい大きさで、夕焼けのような色合いも、他の貝に比べて美しかった。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

Back number