よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

第十一話 方解石の憂鬱〈後〉

蒼月海里Kairi Aotsuki

 帰路では、ずっと影山(かげやま)君のことが気になっていた。
 彼が見せた胸が詰まるように苦しげな表情は、いつまでも頭の中に残って離れなかった。
 自宅に帰るなり、鞄(かばん)を持ったまま土蔵に向かう。胸を締め付けられるような感覚から、何とか逃れようとするかのように。
「おかえり、樹(いつき)」
「ただいま、雫(しずく)」
 土蔵の中では、雫と鉱物達が変わらぬ姿で僕を迎えてくれた。
 裸電球の優しい光と、それに反射する雫の髪の柔らかい輝きが、僕の心を癒してくれる。
「今日は、少しアンニュイな日のようだね」
 雫は、椅子を用意してくれながら言った。そのアンティークな椅子に腰を下ろしながら、僕は苦笑する。
「雫は何でもお見通しだね」
「いいや。分からないことの方が多いよ」
「そうかな?」
 僕は、思わず首を傾(かし)げてしまう。雫には、よく考えを読まれている気がするのに。
「そうだよ。だからこそ、この世界は楽しいのだけど」
「それは分かる」
 僕は深々と頷(うなず)いた。
「知らないことがあるということは、これから知れる楽しみがあるということだからね。知らないと自覚することから、楽しみが始まるのさ」
「そうだね。今まで、知らないことは恥ずかしいことだと思っていたけれど」
 雫の言葉に、僕は再度頷いた。
「樹は好奇心旺盛だしね。知らないことを自覚して知ろうとする努力を惜しまなければ、生涯を通して、楽しい日々を過ごせると思うよ」
「へへ……。そうなれるように、頑張るよ」
 雫の柔らかい声は心地よくて、優しく撫(な)でられているような気分になる。
 撫でられて喜ぶ歳でもないけれど、雫の存在は祖父を彷彿(ほうふつ)させるから、つい、童心に帰ってしまう。
「雫も、好奇心は旺盛な方だよね」
 僕の言葉に、「そうだね」と雫は頷いた。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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