よみもの・連載

水晶庭園の少年たち

番外編エッセイ②

蒼月海里Kairi Aotsuki


リディコート電気石のブース

 私が探している石は、『リディコート電気石』。トルマリンの一種です。
 しかも、結晶ではなくスライス。これはジュエリー業界でも取り扱われていますが、私が欲しているのは、装飾向けの石ではなく、内部構造が分かる断面図的な標本です。
 しばらく歩いていると、ありました。一年前に写真で見たまんまのお店(ブース)が。
 スペースに所狭しと、ビビッドでサイケデリックな模様のトルマリンスライスをずらりと並べ、背面からライトを当ててディスプレイしているのです。
 その様子は、まるで前衛的なアーティストのギャラリーでした。虹色の魅惑的な幾何学模様が描かれた石が、あっという間に私を魅了しました。
 私が、興奮しながらも拙(つたな)い英語で「写真を撮って良いですか」と尋ねると、店主さんは快諾してくれました。しかし、私が撮った写真はほんの少しでした。
 何故なら、一秒でも長く現物を見ていたかったからです。
 日本のみならず、海外のネットショップですら選択の余地が無いほど品薄だったリディコート電気石のスライスが、今、目の前には浴びるようにある。興奮しないわけがありません。
 その中で、私の目を捉えて放さなかったのは、スライスセットでした。
 特にマダガスカル産のリディコート電気石はマルチカラーのものが多く、何枚かを輪切りにすると模様が全て異なるというものも存在しています。そして、その模様を手掛かりに、成長過程を想像することが出来るのです。
 そのスライスセットの中に、私は結晶の先端部分であるトップが付いているものを見つけてしまいました。トルマリンのスライスセットは通常であれば、トップは付いていないのです。それは恐らく、スライスの材料になったトルマリンに、元から明瞭なトップが存在していなかったからなのでしょう。しかし、目の前のトルマリンには、奇跡的にトップが残っていたのです。


リディコート電気石(切断前)

リディコート電気石(切断後)

 私に迷いはありませんでした。
 すぐさま、店主さんにその標本を購入する旨を伝えました。開場直後の買い物だったためか、店主さん達は歓声をあげてくれました。
 ユーロを渡そうとする私の手は、震えていました。一年越しの悲願が、ようやく叶ったのです。
 初めての海外で、しかもヨーロッパということで紆余曲折ありましたが、思い切って日本を飛び出して良かったと心底思ったのでした。

プロフィール

蒼月海里(あおつき・かいり) 1983年宮城県生まれ。日本大学理工学部卒業。
2014年、文庫書き下ろしの『幽落町おばけ駄菓子屋』でデビュー。同シリーズのほか「華舞鬼町おばけ写真館」「幻想古書店で珈琲を」シリーズなどを次々と刊行。他の著書に『水上博物館アケローンの夜』など。

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