よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「どうだ? 死んでるだろ」
 発せられた一声は嬉(うれ)しそうだった。初夏の朝、警視庁機動捜査隊の大河原努(おおがわらつとむ)が目の前の死体を見つめてニヤついている。
「ああ、頭の中が丸出しだ。ひどい露出狂だな。文字通りの出血大サービスだぜ」
 答えたのは鑑識の数之十一(かずゆきといち)。死体のかたわらにかがみ込み、作業の真っ最中だ。調べているのは男性の死体。六十絡みとおぼしく、ゴム引きの作業着に長靴をはき、床にうつぶせで倒れている。
「大河原、他人様の死がそんなに嬉しいか」
 特別捜査班の大黒福助(だいこくふくすけ)は溜息(ためいき)を吐(つ)いた。続く大河原の言葉が予測できたからだ。辺りでは捜査員や鑑識、所轄の警官らが忙しく立ち働いている。
「そりゃ、嬉しいさ。この頭だぜ。とびきりの変死体だ」
 大河原が指摘する通り、死体は普通ではなかった。後頭部がべこりと凹(へこ)み、白い物質にまみれている。そこから血と頭部の内容物がこぼれだしていた。
 ただし異常といえるのは後頭部に限られ、周りの床に同様の白い汚れはない。遺体の作業着にも乱れがなく、争った様子ではなかった。
「やっぱり豆腐だよな」
「ああ、ピンクの脳みそに彩りを添える白いやつ。こいつは正真正銘、豆腐だ。木綿のな。陥没した後頭部にも充満してた。こいつ、変なところに変なものをへそくりしてやがったな。それとも特殊な夜の趣味か」
 数之の言葉は正しいのだろう。問題の白い物質は豆腐で間違いないようだ。というのも大黒らがいるのは都内郊外、奥多摩に近い豆腐製造所だったからだ。
 といっても工場ではない。二階建ての古民家を改造した広めの家屋となっている。内部が一間になるように上まで吹き抜けに取り払ってあり、外観とは裏腹に衛生的で現代的だ。そこに豆腐を製造する設備が並んでいる。
 窓とドアは閉じられていた。大黒はドアの方を見上げた。視線の先の額縁に『柔よく剛を制す』と大書され、加藤静男豆腐工房と小さな朱印が押されている。
「加藤静男(かとうしずお)か。なぜだ?」
「おれが聞きたいよ」
 げんなりした様子で大河原が続けた。
「とにかくこいつは十年ほど前にここを買い受けて店を始めたそうだ。住まいは少し先の別棟。なんでも水が気に入って住み着いたってよ」
 大河原は話しながら工房の中央、男の横にあるステンレス製のシンクを指さした。大きなシンクには水が満々とはられている。
 水中に沈んでいるのは同じくステンレスの型だ。どれも大振りの長方形で長さ五十センチほどか。中身が入っていたり、空だったり、銀色に光り、眠たげに出番を待っていた。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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