よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「ありがたいね。特殊な変死体ってことなら、ここから先はお前さんたち、サーカスのお仕事。チビフグよ、俺たち機動捜査隊はお役御免ってことで帰らせてもらうぜ」
「てめえ、今、フグっていったな? 上等だ。このゴボウ野郎が。笹がきにしてそこの水にさらしてやる」
 大河原にチビフグと呼ばれて数之は真っ赤になって床から言い返した。数之は小柄で色白、いつも膨れている。だからあだ名がチビフグ。おまけに口を利けば毒を吐く。
 一方、機動捜査隊の大河原は外回りの仕事の例に漏れず、日焼けして真っ黒だ。百八十センチを超える長身もあって付いたあだ名がゴボウ。二人は大黒と同じ三十代。会話通りの仲だ。
「へへへ、なんとでもいえ。現場の保存は万全。第一発見者は外に待たせてある。聞き込みなどの詳しい話は所轄にしてあるから聞いてくれ。俺は次がある」
 大河原は数之の揶揄(やゆ)を聞き流して、すでにドアへ向かっている。初動捜査は機動捜査隊の役目だが、大河原はこの上なくやる気がない。いつも要点だけ告げて適当な言い訳でトンズラを決め込む。
「じゃ、任せたぜ。桜田門のブラッド・ピットこと、大黒さんよ」
 警視庁きっての男前と大黒は評される。付いたあだ名が桜田門のブラピ。しかしそれが事件解決に役立つわけではない。特に今回のような一件ではだ。
 東京は複雑化する犯罪の坩堝(るつぼ)といえる。ことの顛末(てんまつ)がつかめない事件も多々ある。そこで特設されたのが特殊な変死体を専門に担当する大黒らのチームだった。
 常識外の捜査、アクロバティックな調べが必要なケースを担当し、事件性の有無を確かめる任務から大黒の班は仲間からサーカスと呼ばれている。
「ロマンティックね。それにイチゴミルクみたいでおいしそうじゃないの」
 なまめかしい声があった。頭部の臓器を見ながら告げたのは異常ともいえる美貌の持ち主だった。
 スタイルはトップクラスのモデル並み。長い黒髪を振ると豊かな胸が揺れ、白衣の前が開いて長く細い太腿(ふともも)が露出した。
 はいているのはきっといつものタイトのミニスカートだろう。足下はピンヒール。栗栖(くりす)アメリ。大黒とチームを組む監察医だ。都内の大学病院の医師でもある。
「さっき、ざっと検死したけど死因は脳挫傷ね。頸部(けいぶ)も折れてるわ。かなり強い衝撃があった証拠よ。でも外傷はないから刺殺や絞殺の可能性はゼロってこと。毒物のテストは解剖してからだけど、それらしい兆候は見当たらない。死亡推定時刻は今日の午前二時から三時前後」
 豆腐と血にまみれた死体をロマンティックと感じるのはアメリならではの思考回路だ。なにか特殊な体験があるのだろうか。
「アメリ、お前は泥レスリングもやるのか」
「なんのこと? 私はキックボクシング専門だけど」
 アメリはT大医学部出身のエリートだが、学生時代にキックボクシング部に所属し、女性ながら主将となり、かなりの戦歴を残す猛者(もさ)だ。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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