よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「むろん捜査方針は他殺で決定よね。豆腐の角で頭を殴り殺された男。わくわくするわ」
「あり得ない。角かどうかは別として豆腐に頭をぶつけて死ぬなんて非科学的だ」
「だったら大黒、帽子でもかぶせて行き倒れだったってことで済ませるか? どうもこの豆腐が凶器と考えて間違いないみたいだぞ。パッケージに〔死亡することがあります〕と書いとくべきだな」
 厄介だ。数之も鑑識結果から他殺を示唆している。また困った死体の登場だ。曰(いわ)く付きの変死体が待った? 遅れちゃったあ≠ニ血みどろで待ち合わせにやってきたみたいだ。
「まあ、間違っていても責任は大黒にあるんだから、楽しまなきゃ損よ」
 捜査の全権は捜査一課の刑事である自身にある。つまり全責任もだ。変死体の捜査である以上、手ぶらで帰れば上層部はいい顔をしない。せめてなにが起こったか、糸口ぐらいは見付ける必要があった。
「これは自殺か事故だ。まずその可能性を考えるべきだ」
「自殺? あら、随分、ロマン溢(あふ)れる死に方ね。自ら命を絶つ人が、こんなに夢のある方法を選ぶかしら。なんだか人生をエンジョイしてる風に思えるけど?」
 アメリの比喩は理解不能だ。しかし自殺にしては不可解なのも確かだ。首を吊るなり、鉄道に飛び込むなり、あの世に旅立つなら簡単な方法がいくらでもある。
「となると事故の線が残るわけだがな。まず、この工房の床は平らに均(なら)されて突起物も隆起した部分もない。蛇口や設備の角にも男の後頭部がぶつかった痕跡はゼロだ」
 数之が鑑識結果を始めた。いわんとしているのは男が転倒した可能性だった。床は食品製造現場に特有のきめ細かなコンクリート製だ。まだ湿っているが、きれいに掃除が行き届いている。倒れた際に後頭部が豆腐にまみれた線は否定されるらしい。
「むろん日がな一日、ここで作業しているんだろう。床には豆腐の成分が染み込んでた。だが後頭部が豆腐にまみれるほどじゃない。見てみろよ。きれいに掃除されてるだろ」
 数之の指摘通り、床は食品製造現場に特有のきめ細かなコンクリート製だ。まだ湿っているが、水はけがよさそうで丁寧に掃除が行き届いている。隅にある排水溝にも豆腐のかけらどころかゴミひとつなかった。
「俺が思うにこいつは本当はタイガーマスクなんだ。ここは豆腐工房じゃなくて秘密の道場で朝のトレーニングにバックドロップかジャーマンスープレックスを練習してた。豆腐を相手にな」
「なら上だ。天井辺りでなにかしていて落ちたんだ。あの高さなら十分あり得る」
 大黒は吹き抜けを見上げた。二階建ての天井は板を取り払われ、太い梁(はり)を残しただけだ。古民家らしく現代の家屋に比べて屋根が高い。八メートル以上あるだろうか。
「確かにあそこからなら可能だ。だが梯子(はしご)がかかってなけりゃ、ロープもぶらさがってないぞ。下足痕を調べたが、どこにもよじ登った痕跡はない。こいつは絶対だ」
 落下の可能性を数之は否定した。天井や梁を鑑識捜査したのだろう。数之は事件の経緯に興味はないが物証には警察犬並みの嗅覚だ。言葉は信じられる。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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