よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「豆腐の中になにか仕込んでいたんだ」
「それでも同じだ。痕跡は残る。頭部の豆腐を採取して所轄で成分を調べさせたからな。ちなみに計測したところ、およそ三百グラム。この男の頭にあったのはざっと一丁分の豆腐と脳漿(のうしょう)だけだ」
「♪吹けば飛ぶような将棋の駒に」
 どこからか唄が聞こえた。
「きたわ、その声はいつもの第一発見者」
「そうだよ。お姐(ねえ)ちゃん。森田(もりた)だよ」
 いつの間に規制線をくぐってきたのか、捜査陣のかたわらに老人が立っていた。ドングリに手足が生えたようなちんまりとした体軀(たいく)をし、所轄の若い警官にともなわれている。
「森田の爺さん、一応、いっておくが脳漿だ。王将じゃない」
「ふえ? 数之さん、王将だろ?」
「いや、脳漿だって」「ほうら王将だ」(同会話×七=十分経過)
 大黒は溜息を吐いた。森田儀助(ぎすけ)だ。話をややこしくするメンバーに加えて、輪をかけて捜査を混乱させる人物。なぜか自身が関わる変死体は決まってこの老人が第一発見者なのだ。
「電信柱の兄さんが、中であんたらが待ってるってえから、呼ばれる前にきちまったよ。どうせいつものように発見状況を話さんといかんのだろ?」
 電信柱とは大河原のことだろう。森田が一同を見回すと唇を舐めた。
「ほんじゃ、いいかいな。まず、いつものように確認だ。この死んでいた男は――」
「前田五郎(まえだごろう)」
 森田が続ける前に一斉に声が響いた。叫んだのは大黒らを始め、所轄、鑑識、辺りにいる捜査員のすべてだった。
 どんな因縁か、大黒が関わる変死体は必ず名前が前田五郎なのだ。だからこの男は加藤静男ではない。大黒は溜息を吐いて宙を仰いだ。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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