よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

 大黒は質問を重ねた。
「なぜだ、所轄? なぜ変名なんだ? なぜ本名じゃ駄目なんだ? 聞き込みで判明したか?」
「分かりません。近隣の者は誰も深い話はしていなかったようです」
「だろうな。あなた本当は前田五郎さんでしょうなんて問いただす奴はいない。アドルフ・ヒトラーって表札を掲げてりゃ、イスラエルから真偽を確かめにきたろうがな」
 数之が茶々を入れた。大黒は話を森田に振り向けた。
「森田さんはしってたんですね?」
「つまり、あんたは五郎ちゃんが加藤静男だった理由を聞きたいんだな。それはな」
 森田はひとつ咳払いをすると一同を見回した。
「血筋じゃよ。呪われた血じゃ」
「血筋? 前田さんの?」
「恐ろしい過去が関係してるんだ」
「森田の爺さん、長い話になるのか?」
「いやなら止めて帰るよ。豆腐が喰えんしな」
「聞きます。必ず最後まで一言漏らさず聞きます」
 大黒は数之を目で制して先をうながした。
「なら話すが、なんのついでだったか、わしが東京で古くから続く森田の一族だと話したら、五郎ちゃんは、もしかして先祖に探偵はいなかったかって尋ねたんだ」
「いたのか?」
「ああ、わしの爺さんは実は戦前から探偵をやっておった。すると五郎ちゃんは、あんたの爺さんには先祖が世話になった。内緒だが実は加藤というのは偽名で本当は前田五郎っていうんだと打ち明けたんじゃ。五郎ちゃんがいう世話になったという話は、わしの爺さんが戦争で兵隊にとられたところから始まるんじゃが」
「あのよ、やっぱり一丁ぐらいは食べてもいいぜ。なんなら持って帰ってもいいが」
「爺さんが行った戦地はニューギニア。聞きしに勝るひどい有り様じゃったそうだが命は無事だった。ところが復員船で一緒だった戦友の前田ってのが死んだんじゃ。三人の姪(めい)が殺される。どうか助けてやってくれって言い残してな」
「なんだか聞いたことがある話だな。それで岡山の孤島かどこかにいったんじゃないだろうな」
「ああ、岡山じゃ。だが島じゃなくて山だ。岡山の獄門山。そこは水に恵まれていてな。豆腐の名産地だった。爺さんの戦友の前田ってのは代々、そこを束ねる豆腐屋であり、庄屋だったそうじゃ」
「まさか、そこで連続殺人があったなんて顛末じゃないよな」
「よく分かったな。その通りだ。三人の娘は立て続けに豆腐によって殺されていったんじゃ」
「やめてください」
 不意に誰かの声があった。大黒が確かめると、かたわらの若い所轄だった。柔道選手並みのがっしりした体格に似合わず、青い顔をしている。数之は一瞥(いちべつ)すると続けた。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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