よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「もしかして実はこっそり復員していた分家の男がいて、それが犯人だったってえのか?」
「図星じゃ。あんた、探偵に向いとるぞ。分家と本家の血塗られた相続争い。復員したのはスケキヨっていってな。白いゴムのマスクをしておったそうじゃ」
「ほ、本当にやめてください」
 所轄が叫んだ。森田はちらりと見やって舌を湿らせた。
「あな、恐ろしや。娘の一人は生首だけの菊人形にされて頭に豆腐を載せておった。一人は池から逆さまに足だけ出し、喉に豆腐を詰まらせて窒息死。一人はフルートの音色が聞こえる晩に」
「どひゃあ」
 所轄は目尻に涙を浮かべ、しゃがみ込んだ。
「み、皆さんは平気なんですか、こんな恐ろしい話が。ほ、本官は今日から豆腐が食べられなくなりそうです。うっ、うっ」
「よかったな。豆腐の分だけエンゲル係数が減るじゃないか。頭に豆腐を載せた菊人形のどこが恐いんだ。場所が寄席なら、むしろおめでたい演芸じゃないか」
 慰めているのか、からかっているのか、数之の言葉を無視して大黒は尋ねた。
「森田さん、その分家はなんという名ですか」
「なんだったかな。聞いたような、聞いていないような」
「爺さん、肝心なところを忘れたのか」
「とにかくわしの爺さんが事件を解決したので前田の家系は続くことになった。おかげで五郎ちゃんは成人すると一子相伝とされる豆腐造りの秘伝書を譲り受けたんじゃと」
「ぐええ」
「ここは恐くないだろう」
「それから五郎ちゃんは理想の水を求めて各地で豆腐修業に励んだそうだ。それでやっとのこと、ここで納得がいく水と巡りあったって寸法だな。ただし晴れて店を構えるには先祖が決めた掟(おきて)に従う必要があった」
「キュウ」
 奇妙な呼吸音を発して所轄が床に倒れ込んだ。数之がシンクに行くとコップに水を汲んできた。ざっと浴びせる。
「掟ってなんだ?」
「店をやるなら前田は名乗るなということだそうだ」
「やっと話が本筋になったか。それで加藤静男にしたわけだな。ということは、その前田の血筋を未だに恨んでいる人間の仕業ってことになるが」
 水を浴びせられて目を開けた所轄が告げた。
「い、いえ。そ、その件に関しては大河原さんから説明しておけといわれまし、たたたた」
「こいつ、人間のくせにコンピューターみたいに熱暴走しやがる。リセットして説明してみろよ」
「じ、実は近隣の住民の話によると、す、少し前から前田さんを恐喝している相手がいた……そうです」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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