よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「そういえばわしにも、いやな奴につきまとわれていると漏らしていたわい。神戸流星(こうべりゅうせい)エンタープライズとかいったか」
「爺さん、早くそれをいえよ。がぜん現実味が出てきたぜ。その名前なら話に聞いた。目を付けた人気店を買収するとノウハウだけものにして自社でチェーン展開する泥棒みたいな企業だ」
「かなり強引だな。数之、なにか事件絡みなのか」
「殺しだ。半年ほど前、香川県警の奴と研修で一緒になった。そのときにそいつがやけに悔しがっていたんだ」
「鑑識が悔しがるってことは物証に関して決め手に欠けたのか」
「ああ。被害者はうどんで首を絞め殺されていたそうだ。絶対に手口はそれだが、どうしても他殺として立証できなかったんだとよ」
「数之、本当にうどんなのか。豆腐に加えてうどんだと?」
「ああ、確かにそういってた。それで容疑者は無罪放免。大手を振って歩いてる。俺は警察官として悔しい。そう泣いていたんだ」
「ほほう、随分、腰が強いうどんだったんじゃな。さすが香川じゃ」
「大黒、神戸流星エンタープライズは神戸流星会の企業舎弟なんだ」
「ああ、五郎ちゃんもヤクザらしいっていってたわい。命が惜しければここを売れ。首を縦に振らないと豆腐でど頭をかち割るって脅されたと愚痴ってた」
 大黒は核心となる質問を口にした。
「森田さんは脅していた相手の名前を聞きましたか? 誰だといってました?」
「そいつは憶(おぼ)えとる。確か、ピエール丘(おか)とかいったっけか」
「神戸のヤクザでピエール丘だと? とことん安い名前だな」
 再び嗚咽(おえつ)が漏れた。
「ピエール丘……。お、恐ろしい敵だ。ま、また誰かがひどい死に方をするんじゃ……。次はオカラでしょうか、納豆でしょうか」
 数之が苦々しくつぶやいた。
「お前、本当は楽しんでないか」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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