よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

   *

 奥多摩署の一室に捜査本部が設置された。大黒(だいこく)がピエール丘(おか)について兵庫県警に連絡を取ったところ、東京へ長期出張中らしいとの回答だった。
 合わせて神戸流星(こうべりゅうせい)エンタープライズに関しては数之(かずゆき)の言葉通り、悪名高い企業舎弟で向こうでもマークしているという。香川での一件も事実らしい。
 手口としては当初、目を付けた店に一般企業の顔で買収を持ちかけ、話がこじれてくるとやり口が強引になる。それでもだめなら脅しに打って出て、最終的な仕事を受け持つのがピエール丘。
 目的の店を手に入れるため、丘が相手をあの世に送り、権利関係の書類をでっち上げる手はずを整える。つまり丘は神戸流星会の汚れ仕事担当といえるそうだ。
 夕刻、神戸の情報と同時に解剖の結果がアメリから報告された。前田五郎(まえだごろう)には自死に至る疾病なし。体内に睡眠薬や毒物の痕跡なし。死因は所見通りに頭蓋骨の挫傷による脳内出血。
 大黒は頭を抱えた。豆腐による撲殺の可能性がもっとも濃厚なのだ。打つ手が浮かばず、捜査は翌日に持ち越すしかなかった。
 心配した通り、厄介な話になった。仮に他殺が事実ならば東京に居合わせた丘に犯行は可能だ。限りなく黒に近い容疑者といえる。
 だがつかめているのは状況証拠ばかりだ。怪しい人物の目撃情報はない。防犯ビデオも工房には設置されていなかった。現時点で豆腐による撲殺だと上層部に報告すれば、頭を疑われるどころか、精神鑑定を命じられるだろう。
 とにかく糸口を見付けなければならなかった。相手のアリバイを確認しておく必要もある。
 明けた翌日、大黒は奥多摩署に任意の事情聴取としてピエール丘を呼び出した。相手は意外なほど素直に応じた。人員の関係か、立ち会いは例の恐がりの所轄だった。
「ピエール丘こと、神戸流星会の丘宏美(ひろみ)さんですね」
 大黒は取調室に入ってきた相手に確認した。丘は宏美という名前もだが、どう見てもヤクザに思えない男だった。銀縁眼鏡にドジョウ髭(ひげ)を生やしている。
 細い体に白いスーツの上下、ピンクのシャツ、白いエナメルの靴。正体を知らなければ昭和の青春映画に出てくる金持ちの息子役だ。
 ただしそれも若ければの話だ。容姿から見てざっと五十絡みだが、神戸への打診では丘の来歴に関してあやふやだと返答している。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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