よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「丘でございます。警察の調べに協力するのは市民の義務ですから、素直におうかがいしました。ただ刑事さん、神戸流星会うんぬんに関しては憶(おぼ)えがありませんよ」
「うぬぬ」
 所轄が唸(うな)った。取調室のパイプ椅子に座る丘は丁寧な口調だ。しかし言葉の端々にふてぶてしさがうかがえる。警察との対応になれているのだろう。加えて尻尾をつかまれることはないと高をくくっている様子だ。
「丘さん。あなた、前田五郎さんをご存知ですね」
「前田五郎?」
 首を傾げる丘の様子に不自然さはなかった。
「ななな」
 所轄がまた唸った。だが、とぼけているには演技がうますぎる。実際に加藤(かとう)の実名を認識していなかったようだ。丘は森田(もりた)の語った血塗られた過去の線とは関係ないらしい。
「前田さんとは別名、加藤静男(しずお)さん。豆腐製造業者の加藤さんですよ」
「豆腐屋の加藤さんが本当は前田さんね。なんだかややこしい話ですね。なんのことやら、さっぱりですが」
「では加藤さんで通します。実はその加藤さんが昨日、亡くなったんです。それについておうかがいしたいのですが、あなた、その頃、どこでなにをされていましたか」
「亡くなったんですか。それはご愁傷様ですね。それでその頃というと何時頃?」
「くうう」
 所轄が唇を嚙(か)んだ。丘はとぼけた様子でにやついている。かまをかけた質問にも答えてこない。
「昨夜の二時から三時頃です」
「そうですか、ひどく夜更けですね。その時間ならまだ一般市民は布団の中です。社員寮として、会社がこっちで借り受けているマンションで寝てましたよ」
「とはっ」
 アリバイはあいまいということになる。だがホテルなどの商業施設ではない。裏を取るにも従業員の証言を得ることはできない。令状なしには相手に防犯ビデオを提出させるのも無理だろう。
 そもそも今のやり取りからすると丘はアリバイに関して心配していない様子だ。大黒は単刀直入に聴取に入ることにした。
「あなた、加藤豆腐工房の買収役だったそうですね。なかなか首を縦に振らない加藤さんに脅しめいた言動をしたとか」
「脅し? それはまた物騒な話ですな。私がその豆腐屋さんになにをいったというんですか」
「ぐぐぐ」
「この店を売らないと豆腐でど頭をかち割ってやると」
「豆腐で頭をですか。刑事さん、本気ですか。どうやったら豆腐で人間の頭を割れるんです?」
「ぎぎぎ」
「とぼけても無駄です。ちゃんと証言がとれてます」
「へええ、兄ちゃん。いきなりヤクザ扱いしたり、アリバイを確かめたり、つまり、わしが殺したとゆうねんな。ガハハ、ええ度胸や」
「げばげば、ピー」
 丘は突然、むきだしの関西弁になった。分かりやすい豹変だった。そして古くさいことこのうえない。上田吉二郎(うえだきちじろう)じゃあるまいし。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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