よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「所轄」
 大黒は同様に昭和丸出しの反応を見せ続ける警官にひとこと釘を刺すと黙らせた。いわれて所轄は真顔で口にチャックをする仕草をしてみせた。大黒より明らかに若いはずだが、どこで身につけたのか。
「丘さん、あなたの会社は似たような脅しめいた言動であちこちの食品メーカーを傘下にしているそうじゃないですか」
 大黒の言葉に丘は椅子から立つとズボンをずらして腹を出した。それを大きな音でひとつ叩(たた)いてみせた。
「笑わせてくれよんな。東京の食い物は口にあわんから胃がもたれとったが、今のあんたの言葉で腹がよじれたわ。消化の役に立ったで」
 丘はゲップをひとつ吐いた。かさにかかっているらしい。
「つまり、あんたはアテが当代きっての悪党やといいたいのんやな。ガハハハ、おもしろいやんか。話が長くなりそうや。酒でも一本つけてもらおか。ついでに女も呼んでくれ」
 座り直した丘は明らかに悪党でございますといわんばかりのキャラクターになりきっている。関西人をカリカチュアすると、どうしてスケベで大声で笑う人物像になるのだろうか。大黒はげんなりした。そして理解していた。
「丘さん、あなた本当は関西人じゃないですね」
「なんやと? ほんならわしはどこの出身やというのんや」
「放送局の少ない北国じゃないですか。センスがあまりにステレオタイプなもので」
「やかましい。兄ちゃん、聞くけどな。わしが犯人やいうんやったら、どんな証拠でぬかしとるんや」
 答えるべき言葉はなかった。鑑識結果と解剖は他殺を示唆しているが糸口はなにもつかめていない。そのために任意聴取に踏み切ったのだが、それも空振りらしい。
「兄ちゃん、答えられんのか。やろうな」
 丘は愉快そうに再び腹を叩いた。またゲップをひとつ漏らす。
「そもそも、どうやってや? どうやったら豆腐で人間が殴り殺せる? それを証明してもらわん限り、わしを逮捕できへんのとちゃうか」
 丘の言葉通りだった。そしてそれが丘の狙いなのだ。実現不可能な豆腐による撲殺。香川ではうどんによる絞殺。現実にありえない行為を立証しない限り、逮捕は不可能だ。
 それを丘は分かっている。だからこその犯行なのだ。そして任意の出頭なのだ。丘は犯人だ。大黒は疑問だった豆腐による殺害を現実として受け入れるしかなかった。
「どうや? なんの反論もあらへんのんか」
 丘は確かめるように尋ねてきた。どうやら出頭に応じたのはこちらの手の内を探る意図もあったらしい。
「ぐうの音もでんちゅうことか。げはは。男前の兄ちゃんも台無しの顔やな」
 丘は高笑いをするとパイプ椅子から立ち上がった。
「これ、任意やったな。ほんなら帰らしてもらうで。まあ、どちらはんがわしとガチンコ勝負しはるつもりか、顔を拝みにこさしてもろたが、色男、金と力はなかりけりか。兄ちゃん、もう二度と会うこともないやろ。達者でな」
「いえ、必ずまた会います。そのときはあなたの手に手錠がかかる」
「へへえ、わしに手錠かい。兄ちゃん、そっちの趣味なんか」
 丘は捨てぜりふを残すと取調室を出ていった。追いかけるようにどんと床を踏み鳴らす音があった。見ると所轄が悔しそうに顔を歪(ゆが)めている。
「や、野郎。ふ、ふざけやがって。首を洗って待っていやがれ」
「所轄、お前も北国出身か」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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