よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

   *

「ピエール丘、恐ろしい奴ですね。真っ向から勝負を挑んできました」
 所轄の言葉が響いたのは加藤静男豆腐工房でだった。話がくどくならないように大黒は黙って目で所轄の発言を制した。
 だが所轄の言葉は正しい。大黒が車で現場に戻ったのは、犯人が丘である以上、糸口は豆腐にしかないと理解したからだ。
「恐ろしい? わたしには胃弱体質に思えたけど」
「俺には念願のパリにやってきた観光客に見えたな。どうして海外旅行客は白とピンクのコンビネーションをお洒落(しゃれ)だと思うんだ? おのぼりもいいところだぜ?」
 同行しているアメリと数之が声を上げた。大黒が取調室にいる間、二人は隣室でマジックミラー越しに聴取の様子を確認していたのだ。
 アメリは検死が正しかったことを踏まえて、医師である自身が捜査に加わる必要があると譲らなかった。むろん言葉の裏には違法捜査をリークするとの脅しを含んでいる。大黒は呑むしかなかった。
 捜査陣がいる工房内は前日と同様に豆腐製造のための機器が並び、がらんとした中央に大きなシンクが水をたたえている。
 中身が空っぽの型やまだ入ったものが沈んでいる点も変わりがない。絹ごしは直接、容器に。木綿豆腐はそれが布に包まれてステンレスの型に収まっている。
「被害者の死亡推定時刻は二時から三時頃。開店は六時だったらしいから、まだ作業中だった様子か」
「ああ、仕上がった豆腐もシンクにあるだろ。被害者の後頭部に残ってたのは、その内のどれかだ。だが中身が入ってる型もあるってことは、お前のいうとおりに作業は終わってなかったわけだ」
 大黒はシンクの底を見つめた。すでに切り分けられた豆腐が横手の仕切りの中にいくつも並んでいる。ざっと見て五、六十丁分ほどだ。どれも定規で測ったようにきっちりと四角で、欠けたり、歪んだりした物はない。数之が辺りを見回して続けた。
「しかし被害者は求道者(ぐどうしゃ)みたいに頑固だったんだな。この工房を見てみろよ。きれいなもんだ。無菌室並みだぜ」
「ほんとね。豆腐の欠片(かけら)ひとつ落ちてないもの。出来上がりを見ても分かるわ」
 アメリが会話に加わった。
「ああ、白い宝石だぜ。作業中に豆腐が欠けるような杜撰(ずさん)な扱いをしなかったんだろうな。床で検出されたのは長年による豆腐の染みで、昨日作ったような新しい成分はゼロなんだ」
「数之、この豆腐なんだが凍らせるとどうだ」
「つまり、バナナで釘が打てるくらいにか。残念だな。調べたんだが豆腐は零下四十度でないと凶器になるほどまで凍らない。この工房のどこにそんな冷凍倉庫があるんだ?」
「液体窒素を使うのはどうなの?」
「窒素成分の痕跡はなかったぞ」
「数之、この後に特別な工程があって仕上げると極度に硬くなるってことはないか」
「人間を撲殺できるほどにか。なんのためにだ? そんなに硬い豆腐じゃ、歯が立たんぞ。どうやって喰う? 森田の爺さんは醤油と鰹節(かつおぶし)を持参してた。どう考えても冷や奴(やっこ)を食う風だっただろ」
「削って食べます。六浄(ろくじょう)豆腐といいますが」
 会話を聞いていた所轄がおずおずと漏らした。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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