よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「六浄豆腐だと? なんだそれ?」
「山形、月山(がっさん)の名物で天日に干して鰹節並みにかちこちにするんです。なんでも行き倒れになっていた山伏(やまぶし)を介抱して一命を救ったところ、お礼に製造方法を教わったとか」
「やけにくわしいな。お前、やっぱり北の出身か。とにかく被害者の後頭部の成分は普通の豆腐だったぞ。それとも所轄、この辺りは山伏が出没するのか?」
「熊ならたまに」
 たしなめられたと理解し、所轄の声が尻つぼみになった。
「数之、改めて聞くが、これは正真正銘、豆腐だな?」
「いいや、指を入れると嚙まれるから気を付けろ。白くて小さいが、こいつらはワニだ」
 大黒は水槽に沈む豆腐を眺めた。なんとか推理を進めようと口を開いた。
「確かに豆腐とそっくりだ。しかし豆腐の成分そのままの、もっと密度のある別の物体の可能性はないか」
「お前、日本語が間違ってるぞ。例えばテレビやなんかで世界最古の遺跡のひとつとか、世界最大の建築物のひとつなんていうが、あれはおかしい。世界一ならひとつだけだ」
「なにがいいたい」
「豆腐の成分そのままなら、それは科学的に考えて豆腐ってことだ」
 大黒の質問は現状を整理するためだった。自身もシンクの中にあるのが豆腐であることは分かっている。ただ核心へ進むための段取りだった。
「するとどうやれば本物の豆腐で人間の頭蓋骨を損傷させることができる?」
「確か最近読んだミステリーに『豆腐の角で頭をぶつけて死んでしまえ事件』ってタイトルのがあったわ。あれは意表を突くトリックを用意してたけど」
 アメリのつぶやきに数之が尋ねた。
「へへえ、どんなんだ?」
「ネタばれになるから内緒」
「ピエール丘が読むとしたらエロ漫画だろう。だがあの手のジャンルに必要なのはトリックじゃなくトニックだ。となるとハードな豆腐プレイが行き過ぎちまったわけだ」
「うしし」
 所轄が含み笑いを漏らした。具体的には分からないが、なにかを想像したらしい。
「俺は昨夜、この件を自分なりに検討してみた。ネットによると人間の頭蓋骨は約六百キログラムの加重で陥没するとあった。正しいか、アメリ?」
「細かい条件を抜きにすると大雑把には、そうね」
「一方、豆腐一丁の重さは約三百グラムってところだ」
「数之、それは被害者の後頭部に残されていた分量と同じだな。つまり一丁の豆腐が凶器に成り得るかどうかか」
「実はネットで豆腐を相手の頭蓋骨にぶつけて殺すには、どのくらいのエネルギーが必要かってのが話題になったことがある。その計算だと秒速三百四十メートル、時速千二百二十四キロでぶつける必要があるとされてる」
「速いのね。ロケット並み。もう少し楽しめばいいのに」
「だが、どうも値が大きすぎる。俺が改めて計算すると秒速六十メートル、時速二百十キロ程度で十分な様子なんだ。新幹線より遅くてすむ」
「ふうん。奥多摩辺りは新幹線の徐行区間なんだ。といっても窓が開かないから投げられないけど」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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