よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「ああ、実際にはどうやって豆腐をそのスピードで投げつけるかだ」
「バズーカ砲かなにかじゃどうなの?」
「ネット動画でも発射装置で実際に実験してた。かなりのガス圧で豆腐を撃つんだが、残念ながら手が届くほどの至近距離だった。そもそも豆腐自体が柔らかいために飛んでる間に潰れちまうなんて、夢のない話になるんだ」
「つまらないわね。なんとか豆腐で殺せないのかしら」
「アメリ、そうなんだ。それにここには争った形跡がない」
「被害者は不意を突かれたのね」
「至近距離でバズーカ砲のようなものを構えられたら、どんな馬鹿でも気が付くだろ。てことはピエールの奴、ピンクのシャツを脱ぐと胸にSのマークが入った衣装を着てるんだ」
「電話ボックスで着替えたのね。ただ近くにあったかしら」
「それでもってあいつ、豆腐が壊れないように大事に抱えて猛スピードで工房内を飛び、被害者にぶつけたんだ」
「あの、実は電話ボックスがあるんですが」
 所轄がおずおずと告げた。どうも二人の性格をよく理解していないらしい。大黒は小さく咳払いをした。
「他に可能性はないのか」
「いくらでもあるぜ。シンクの中のこいつらは豆腐そのものに見えるが、本当は異なる知的生命体ってわけだ。生きている人間の脳に寄生するが死んだら豆腐そのものになる。その名も豆腐風味エイリアン。まさに喰うか、喰われるかだ」
「ひえええ」
「それとも被害者の方がエイリアンなんだ。いつもは人間そっくりだが、本当の姿は蛸(たこ)。すごく軟らかい頭をしてる」
「どひゃあ」
 数之の言葉は科学的な推理ではお手上げということらしい。馬鹿話に拍車がかかっている。
「待てよ、アメリ。そうか。この豆腐を撫(な)でてみろ」
 数之はシンクから豆腐を一丁掬(すく)い上げるとアメリに手渡した。アメリはいわれるままに豆腐に添えた細い指を動かした。
「ふううむ。駄目か。だったら舌で舐めてみろよ。どうだ? 硬くならないか?」
 アメリが出しかけていた舌を引っ込めた。ひっかけられたのが悔しいのだろう。だが直接、数之にでは癪(しゃく)らしく、手にしていた豆腐に毒づいた。
「あんた、わたしで駄目ってことは重症よ。クリニックを紹介してあげた方がよさそうね」
 にやついている数之を睨(にら)むとアメリは豆腐を戻しにシンクへ寄った。
「待って」
 不意に立ち止まったアメリがドアの上の額縁を見つめている。
「柔よく剛を制すがどうかしたか。情欲、剛毛を制すなら分かるが」
「ふふふ。忘れてた」
 豆腐を戻すとアメリは携帯電話を取り出した。一同から少し離れると小声で会話し、続いて声を上げた。
「今からいっても大丈夫だって。みんな、三鷹(みたか)で実験よ」
「実験? どこでなにをするんだ?」
「わたし、軟らかい物を一瞬で硬くできる女性をしってるの。所轄もくるのよ」
「ほ、本官も同行してよろしいんでしょうか? 一応、公務員ですし、真っ昼間ですが」
 今までのやり取りから、所轄はなにを想像しているのか、ドアに向かうアメリの言葉に浮き立つように続く。
「もちろん。ただ、ちょっと痛いかも」
 アメリが所轄を相手に、なにかたくらんでいるのは確かだ。だが意見を無視すると厄介だ。それにまだ手がかりらしいものはない。
なにかのヒントになるかもしれない。とにかく無手勝流で手探りするしかない。大黒は仕方なしに歩き出しながら脳裏でつぶやいた。所轄のやつ、まだ、アメリの恐さをしらないな。

(つづく)

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

Back number