よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

   *

「アメリさん、おひさしぶりでございますわね。お電話ではわたくしに、どなた様かのお相手をなさるようにとか」
 尋ねてきたのはシスター姿の女性だった。大黒(だいこく)らがいるのは三鷹(みたか)郊 外にある聖霊マリア教会の礼拝堂だ。アメリが案内した実験先は修道院だったのだ。
「かおるさん、ごぶさたしてます。ちょっと事件の絡みで秘儀を仰ぎたいと思いまして」
 アメリが同行している一同を代表して来意を述べた。大黒は目の前の女性を眺めた。アメリは車中でどんな実験かは詳しく述べなかった。ただ相手が上原(うえはら)かおるという名前で、数人の修道女と暮らすシスターとだけ説明していた。
 シスターかおるはアメリより少し年上か、三十代前半の様子で細身の体に尼僧姿が似合っている。時刻は昼過ぎだが礼拝堂は薄暗い。陰影を刻むシスターの楚々(そそ)とした顔立ちは、かえって妖(あや)しさを醸し出していた。
「それでお相手はどなた様?」
「所轄」
 アメリは声を上げた。所轄は黙って頭を下げながら、なにかを期待している目付きでかおるを盗み見ている。
「おほほ。ご立派な体格ですこと。制服の方のお相手とは楽しみですわ。それでは、わたくしは着替えてまいります。アメリさん、いつもの場所へ」
 アメリとシスターはかなりの顔馴染(なじ)みらしい。簡単なやり取りでシスターかおるは礼拝堂にある横手のドアへ消えた。
「い、今の方が本官の相手をしてくださるのですか」
「そうよ。軟らかい物を濡(ぬ)らして一瞬で硬くする秘儀」
「ええと――。だったら、むしろ着替えていただかなくても」
 所轄の答を聞き流しながらアメリは一同を先導し、一行が当初、入ってきた正面扉から出た。横手に木造の平屋がある。玄関の引き戸をくぐりながらアメリが尋ねた。
「所轄、あんた、心得は当然、あるわよね」
「ええと、はあ。まあ、年相応には」
 一同が平屋の中に入ると床一面が板の間だった。壁には棍棒(こんぼう)や鎖鎌、さすまたなど猛々(たけだけ)しい武器や責め具が並んでいる。
「どれでもいいわよ。好みの物を選んで」
「はあ、分かりました。ただ、ええと。みなさんが見ている前でやるんですか。それに本官はどっちの役柄なんでしょう。どちらかというと」
 指示された所轄はつぶやきながら木刀を取った。そこへ武道着に袴(はかま)姿のシスターかおるが入ってきた。腰には手ぬぐいをぶらさげている。
「準備はおよろしいですね。ではどうぞ。どこからでもおいでください」
 シスターかおるは木刀をぶら下げた所轄の目の前に立った。シスターは素手である。自然体で軽く両腕を構えている。
「ええと、はあ」
 対戦するらしいとやっと理解した所轄は木刀を握り直した。だが細身で素手の女性に自身は武器でやりあうのだ。気後れしている様子で、なかなか切り込んでいかない。
 するとシスターかおるが少し間合いを詰め、静かに腰から手ぬぐいを引き抜いた。よく見ると手ぬぐいは濡れている。それを軽く振り上げたと思うと声を上げた。
「あん」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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