よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「数(かず)ちゃん、なんのことだい?」
 森田はいつの間にか、数之をあだ名で呼ぶようになったらしい。
「奴が空を高速で飛べるって意味だ」
「ははあ、人間大砲かい。わしが子供の頃、サーカスにそんな見せ物があった。大砲からどおんと人が発射されるんじゃ」
「あら、おもしろそうじゃない」
 アメリが嬉々(きき)として声をあげた。
 まずい。大黒の胸の中でじりっと焦りが音を立てた。このまま話が進めばアメリが大砲発射を人体で実験させるのは目に見えている。所轄に視線をやった。
 身代わりはいる。だが今の一戦で体を痛めた。自分にお鉢が回ってくるのは計算できた。
 大砲を使った可能性がどうであれ、現時点ではアメリの強引さを回避するべきだ。
「もやもやするって、なにがですか」
「うん? そうなんだよ。なんとなくなんじゃが、こいつは見たことがあるような、そうでもないような」
「爺さん、どっちなんだ。なにかあるなら思い出せよ」
「思い出せ? ああ、そういえば忘れてた」
 森田は数之の言葉に持ってきた荷物を指さした。
「かおるちゃん、うちの野菜の差し入れだ。ここは全部で五人だったな。大根三十本とキャベツが四十。それにジャガイモとニンジンがたっぷりじゃ」
「いつもありがとうございます。みんな喜びますわ。それと、あの――」
「ああ、頼まれてたのを忘れずに持ってきたよ」
「おお、神よ、感謝します。『悪魔のドクドク修道女対洗濯するKKK団』が、とうとう」
「ははは。今もって市販されていない幻の海外ホラー。昔、テレビで一回だけ放映されたのを録画した貴重品じゃぞ」
 森田は趣味でホラービデオを自主制作している。かなりのマニアであることは事実だ。
「ああ、待ちに待ったKKK団の洗濯呪術シーンが見られるのですね。噂(うわさ)ではチャック・オリス様がコインランドリーで入浴するところもあるとか」
「それは見てのお楽しみじゃ」
「だったら今夜は闇鍋でビデオ鑑賞会にしようかしら。待ち遠しいわ」
「そいつは名案だわい。なにしろ、ここの女性陣は食欲の権化じゃ。作る途端からなくなるんだものな。皿が並ぶ前にごちそうさまだ」
「闇鍋だと? なんのことだ」
「数ちゃん。闇鍋ってのは我が流派伝統の食事でな。なんでもかんでも放り込む」
「ええ、材料をそのまま、お鍋にどぼんなんですわよ。野菜なんかわざわざ切らなくて丸ごと煮る方がラクチンなんでございますの」
「それじゃ、わしも今晩、ご馳走(ちそう)になるかな。あとでチャペルの裏のニワトリを絞めといてやろう」
 二人の会話に大黒の脳裏には光が走っていた。
「今、なんていいました?」
「チャック・オリスのことかい? ここのニワトリのことかな?」
 自身に言い聞かせるように大黒は口走った。
「そうか。切らなくてもいいんだ」
「なんだ、大黒? 糸口が見えたのか」
「現場だ。戻るぞ。犯行手口が見えた」

(つづく)

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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