よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第四回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「ええっと、俺は昨夜、ヘルメット会社のサイトを調べた。この件で頭が心配になってな。そこには五キロのハンマーが一メートルの高さから頭に落ちると致死域の倍の衝撃だと書いてあった。十キロクラスなら確かに頭蓋骨はやられる」
「豆乳を流し込んで豆腐が固まるまでには時間がかかる。その間に被害者は次の作業をしていた。ピエール丘(おか)はおそらく作業中の被害者の隙をついて中身が入ってる型をなにかで吊り上げたんだ」
「それで中身をつるりと落としたのか」
「梁(はり)では人間が乗るには弱すぎる。おそらく棟木(むなぎ)だろう。丘は被害者がここにくる前に天井に上がって待ってたんだ」
 大黒が頭上を指さした。天井は板を取り払われ、古民家によく見られる太い棟木が通されている。
「十キロなら頑張れば自力で引き揚げられるが、途中で型がひっくり返ったら元も子もないな。ロープか滑車か、万全を期してなにか道具を使ったんだろうぜ」
「後で棟木をもう一度、調べてくれ」
「ああ、所轄の鑑識とやっつけておこう。ただ計画的な犯行だ。指紋や下足痕は期待できないだろうな。それにだ」
 続けようとする数之の言葉を黙って聞いていたアメリが先に告げた。
「そうよ、大黒。大切な点をひとつ見落としていない? この工房は無菌室並みにきれいなものよね」
「そうだよな。俺もそれを指摘しようとしていた」
 数之が同調するように補足を始めようとした。
「あの」
「うるさいな。話の腰を折るな」
 所轄は再びたしなめられて黙った。
「ええっと、アメリがいうように、ここには豆腐の欠片(かけら)どころかゴミひとつだって落ちていない。現場検証で徹底的に調べた。本当にきれいなものなんだ。被害者は豆腐を宝石みたいに扱ってたのは分かるよな」
「だけど後頭部に残っていたのは一丁分よね。残りの九千七百グラム分はどこへいったの?」
「そうだ。約十キロの豆腐がどすんと頭に落ちてきて頭蓋骨が陥没したまでは分かる。だが残りもどっさり頭の周りに残ってるはずだ」
「飛び散ったと考えるのが妥当よね。豆腐なんだもの。丘が犯行後に箒(ほうき)で掃き集めたか、スコップですくったっていうの? それをなにかに入れて持ち去った? それでも少しは痕跡が残るんじゃない?」
「そうだぜ。ここまできれいにするには掃除が大変だぞ。飛沫(ひまつ)はモップや雑巾で拭いたのか? そいつじゃ床に豆腐がなすりつけられる。だがそんな鑑識結果はない。床から新しい豆腐の成分は出なかったぞ?」
「そうよね。ピンセットで拾い集めても無理なんじゃない? ロボット掃除機や最新の吸引力のものでも、この広さなら一日仕事よ。終わる前に目撃されるわ」
「それとも飛散しないような特殊な加工をしたってのか。悪いが後頭部の豆腐、つまり凶器の残滓(ざんし)は純粋に豆腐の成分だけだ。焼き固めたのでも、接着剤を混入してたんでもない」
「だからここに戻ってきたんだ」
 大黒は二人に告げた。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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