よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第四回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

 飛沫が飛び散り、見渡す限りに白い汚点をまき散らすほどではない。それでも半径四、五十センチほどで大小いくつもの小山が築かれ、欠片が点々としていた。
「豆腐が爆発したような騒ぎじゃないのは分かったわ。それでも飛び散ったのは確かよね。犯行後これをどうしたっていうの? 持ち出せる分は、できるだけきれいに掃き集めて、こびりついているものは雑巾をかけて、最後の仕上げに水で流したわけ?」
「そいつは駄目だ。排水溝は徹底的に調べた。あそこには新しい豆腐の付着は見られなかった。水で流したなら必ず証拠が残る」
「そうね。第一、掃いたり、すくったり、拭いたりと、豆腐の後始末を丁寧にすればするほど、服や靴や掃除道具に痕跡が残るわ。証拠品を増やすし、その始末が大変よ。危険度が増すような処理をするかしら」
「そうだ。丘は聴取で絶対の自信がある風だったぜ。としたら後始末が必要な杜撰(ずさん)な計画は立てないと思うぞ。あいつは世間をなめきってる。どうだ、凄(すご)いだろといいたいんだ。だから豆腐一丁で殺害された風に装って笑ってやがったんだろ? 大黒、犯行後の処理はどうなんだ?」
「まだだ。そこがまだ解けていない」
「こいつは綿密な犯行だ。そうとうなカラクリがあるんだろう。だが凶器の処分と丘が結び付かない限り、話は進まないぞ」
 大黒は溜息(ためいき)をついた。確かに最後の厄介な部分が残されていた。犯行手口は今の推理で正しいはずだ。だが二人が指摘する後始末が残されているのだ。
 それこそが事件の決め手といっていい。未(いま)だに捜査は状況証拠ばかりだ。丘が被害者を脅していた証言だけでは検挙にはほど遠い。数之が述べたように豆腐と丘を結びつけるしかないのだ。
「あの、もういいですか」
 ポリバケツをかぶって床に倒れたままの所轄が声を上げた。
「なんだ。死んだんじゃなかったのか。お前の性格じゃ、この先、生きていたって大して楽しくないぞ」
「く、首をやられました。むちうちになったみたいです。大丈夫だっていったじゃないですか」
 バケツを頭から外した所轄が立ち上がる。首が曲がり、肩が傾(かし)いでいる。
「はは、油が切れたロボットみたいだぜ。あのな、ヘルメット会社がバケツの強さを宣伝するか? 大丈夫だろうっていう話だ」
「あの」
「なんだ。うるさいな。文句は掘った穴にでも叫んどけ」
「でも電話なんです。さっきから携帯が振動してるんです。森田(もりた)さんが何度も電話をくれてます」
「お前にか。いつ番号を交換したんだ?」
「初日に。恐い話の厄払いの呪文を教えてくれるっていったので」
「馬鹿か。それで爺(じい)さん、何の用件だって」
「待ってください。今、話します。もしもし? 森田さん? なんですって? 事件絡みですか? 大黒さんに代わってくれって?」
 大黒は所轄の差し出したスマートフォンを取った。
「ほほい、大黒さんかい。あいつがいたよ」
 電話からいつもの暢気(のんき)な声が聞こえる。
「あいつって誰です?」
「さっき写真を見せてくれただろ。五郎ちゃんの事件絡みの男」
「丘が? どこにですか?」
「そりゃ、修道院だよ。だけどね。わしゃ、目が悪い。あんたらで確かめてくれないかね」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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