よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第四回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「こいつが出てたのは通天閣の大盛り木の葉丼対決だとさ。関西予選だそうで決勝に進んだのは真ん中の女の子。後の女王だ。丘は敗退。当時の名前が片丘ヒロミってあったよ。芸名だろうさね」
「芸名か。身元がばれる心配もいらないわけだ。それでこいつは本当に大食いなんだろうな?」
「ああ、この試合は激戦で選手はみんな二十杯は喰ったと書いてあった」
「丼二十杯だって? 大盛りなら十キロは超えるぞ。大黒、お前が行き詰まってた謎が今の話で解けた気がするぞ」
 アメリも画面の前でうなずいている。
「みたいね。つまり丘は工房で落とした豆腐をなにかで掃除したんじゃなかったのね。豆腐はきれいに平らげたけど脳味噌とのカクテルは敬遠。胃弱じゃなくて菜食主義者だったのね」
「ああ、一丁での殺害に偽装するためにな。だが、とにかく奴は凶器を食べちまった。鑑識捜査でなにも出ないわけだ。おまけに一番の物証は腹の中、今頃は消化しちまったから完全な隠滅になる。大黒、どうするんだ?」
「数之、鑑識捜査のやり直しを頼む」
「やり直すのはいいが、なにを捜すんだ」
「屋根から落とした豆腐をあそこまできれいに食べた。となると同様に水に流せない飛沫も始末したはずだ。それにはもっともきれいにする掃除方法がひとつある」
「その表現は正しい。それで、なんだ?」
「舐(な)めたんだ。わずかな飛沫は舌で慎重に始末した。それなら床に残らない。だから丘の唾液が工房にあるはずだ」
「なるほど。やつは事情聴取でしきりにゲップをしてたな。きっと取調室にも唾が飛んでるはずだ。一致すればこっちのもんだぜ」
 数之はスマートフォンを取り出した。大黒の言葉にうなずきながら改めてテレビ画面を見つめ直している。
「北国から神戸に出てきた若者がどう間違ってヤクザな道に足を踏み込んじまったんだろうな」
 数之がつぶやいた。
「あの」
 所轄が口を開いた。
「なんだよ。思いついたことでもあるのか」
「いえ、木の葉丼ってなんですか」
 所轄は森田に顔を向けて尋ねた。
「ああ、あれはな、大阪の名物だよ。カツ丼のカツの代わりに薄く切ったカマボコで代用しててな。安くてボリュームがある。だがな。なんで木の葉っていうかなんじゃよ」
「カマボコが葉っぱみたいだからですか」
「いいや、違う。カツだと思ったら実はカマボコ。まんまと狐(きつね)にだまされた。木の葉で一杯食わされたって寸法だ」
 森田は所轄に告げるとにんまり笑った。
「ふふふ、冗談と思うかい。とんでもない。狐が人を化かすのは本当だ。この辺りの武蔵野(むさしの)だって昔はしょっちゅう、狐や狸(たぬき)が人をたぶらかしたもんじゃ。おや、フルートの音色が聞こえなかったかい」
「ひええ」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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