よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第一話 豆腐の死角(第四回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

   *

 数之の指揮のもと、さっそく鑑識捜査がやり直された。結果、大黒の推理通りに工房の床から丘の唾液が検出された。合わせて棟木に怪しい点が浮上した。
 棟木には古い傷が残されていたが、そこに時代が通じる古い繊維がわずかに付着していたのだ。当初は着目されなかった内容だが、大黒の推理によって丘が過去の傷跡に合わせて昔のロープを使用したらしいと分かった。
 翌日、逮捕状が発行され、ピエール丘の身柄確保のため、捜査一課が東京のマンションに向かった。室内を徹底的に捜索して証拠物件やその痕跡を見つける必要もあった。
 しかし逮捕に関しては大黒らのチームの任務外だ。サーカスの仕事はあくまでも変死体の事件性を確かめるものだからだ。
 大黒は捜査の結果を自身のデスクで待っていたが大河原(おおがわら)から入った一報は残念なものだった。
「色男、丘は死んでた。マンションの屋上から墜落死したんだとよ」
 大河原の説明によると今朝、通勤前のサラリーマンがマンションの敷地内で倒れている丘を発見して通報したらしい。事故が起きたのは昨日の未明という。
「同じマンションの人間、神戸流星会(りゅうせいかい)の息がかかった奴らだが、丘の事故には誰も気が付かなかったとぬかしてる。鑑識が捜査したが屋上にはフェンスがなく、手すりも低い。死体からはかなりのアルコールが検出されてる。間違って落ちてもおかしくないが、かなり臭いな。ご丁寧に洗濯物が散らばってたが、夜中に干すか? どうも始末されたみたいだぜ。おまけに丘の部屋から証拠物件がまるで出てこない」
 蛇(じゃ)の道は蛇(へび)だ。どう先回りして逮捕情報を得たのか、神戸流星会は自身らに手が及ばないようにトカゲの尻尾(しっぽ)切りに出たらしい。
 墜落死は他殺の中でももっとも立証が難しい。調べられても白(しら)を切ることができると分かった上での行動だろう。ヤクザが使う常套(じょうとう)手段だ。
「歯切れの悪い結末だな。安物のコンニャクみたいだぜ。消化不良もいいところだ。香川のうどん事件のことも問いつめてやろうと思ってたのに」
 概要を数之に告げにいくと苦い顔で答が返ってきた。納得がいかないのは大黒も同様だった。しかし変死体専門のチームだけに新たな事件でもない限り、継続して捜査に入れないのだ。一課の連中に任せるしかないだろう。
「まあ、香川の鑑識には奴が死んだ。捜査で追いつめた結果だと報告して溜飲(りゅういん)を下げてもらうしかないな」
 数之の言葉を聞きながら大黒の脳裏には、なにかがもやもやしていた。それはどこかもの悲しく、一方でせつなく甘酸っぱい印象をともなっている。丘の真っ白いスーツ姿が痛々しげに頭をよぎる。昭和、青春という単語が脳裏に浮かぶ。
「大黒、お前も人間大砲にならなかっただけ御の字じゃないか」
「若いという字は苦しい字に似ている、か」
 思わずどこかで聞いた歌詞が大黒の口を突いていた。
「おいおい、お前も昭和にかぶれたか」
 数之が混ぜ返すと続けた。
「お前にしちゃ、珍しい。あっと驚くタメゴローだな」
 数之のギャグは悔しい思いを誤魔化すためかもしれない。大黒はかすかに苦い笑いを感じた。昭和はいろいろと人を変えるようだ。まるで縁遠いはずの自分たちにもギャグを伝染させるのだから。

(完)

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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