よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「確かに死んでるわ」
 真夏のプールサイドでアメリが告げた。時刻は午後三時。場所は東京郊外。大黒(だいこく)を含め、捜査陣がいるのは私設の児童遊園地に併設された屋外プールだった。間近なフェンスには規制線が張り巡らされ、従業員とおぼしき野次馬の姿が張り付いている。
 八月とあって平日の午後も太陽は勤勉だ。フェンスの向こうの小さなメリーゴウラウンドや小さな観覧車に照りつける西日がまぶしい。だが子供たちの歓声は響かない。事件のために入場が禁止されているのだ。
 かわりにプールサイドでは思い出したようにカメラのシャッター音が鳴った。警察の誰かだろうが捜査のための撮影とは思えなかった。というのも先ほどから誰もなにも言葉を発せず、ただアメリを見つめている。
 いつもなら「死んでるだろ」と変死体であることを確かめてくる機動捜査隊の大河原(おおがわら)さえ、口を開かない。本庁で一番やる気のない人間が現場からさっさと引き揚げずに、目を充血させている。
 普通なら死体が異常なせいだと考えられるところだ。プールサイドには全身が真っ黒焦げになった元人間が置かれている。しかし捜査陣が沈黙を続けるのは、別の理由からだと大黒には分かる。三角形が脳裏を占領しているのだ。
 三角形は三つで、底辺と高さがいずれも十センチほど。従ってひとつの面積は五十平方センチ、喫茶店の紙ナプキンにも満たないサイズだ。しかも布地であり、水着である。
「ずいぶん臭いわね。焦げ臭いんじゃなくてクサヤを焼いたみたい。いろんな焼死体を見たけれど、こんな悪臭は初めてよ」
 大黒は内心で溜息を吐(つ)きながらうなずいた。
「確かに臭いな。なぜだ」
「さあ。人間じゃなくて本当は干物だったんじゃない? それとも古代人は臭かったのかも」
 アメリにも医学的な答が出ていないらしい。死体は臭いばかりでなく、古代遺跡のパン屋のオーブンの中にあった出土品といってもいい形状だ。やけにでかくて丸くて真っ黒で、胴に頭が直接くっついているといっていいほどで、太短い突起が四つ飛び出している。
「焼ける前はどのくらいの人間だったんだ」
「そうね。燃えても身長は変わらないから百八十センチ程度。でも体重はかなり減る。生前は二百キロはあったんじゃない?」
「四つの突起は手足か」
「そうよ。屈伸運動みたいに畳んでいるでしょ。ボクサー姿勢っていって焼死体の典型例だわ。でもざっと見たところ、気道に煤(すす)は見当たらない。大黒、意味は分かる?」
 かがみ込んでいるアメリが死体から顔を上げた。捜査陣の視線がいっせいに動き、カメラのシャッター音が鳴った。アメリの言葉は正しい。真夏のプールで真っ黒に焼けて死亡した人間。しかも水中でだ。あり得ない変死体なのは確かだった。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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