よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「服を着てこいよ」
 大黒はアメリに告げた。アメリが着ているのは真っ白なビキニ。金色の星が柄になっている。三角形の面積については計算しなくても明白だ。アメリの乳房の方が明らかに水着より表面積が大きい。
 だからアメリが動くたびに申し訳程度に巡らされている布地の上下左右どこからでも乳房がこぼれ出そうなのだ。
「服を着る? どうして? プールでは水着なのが普通でしょ。服でいる方が変だわ。白衣が濡れるじゃないの。染みになったら目も当てられない。それが一番の問題だわ」
 アメリが口を尖(とが)らせた。一度、分かるように教えなければならない。プールで水着なのは少しも変ではない。変なのはアメリ自身だ。そしてここは水着ショウのステージではない。捜査現場だ。だが今、アメリの思考に関わっていると夜が明けてしまう。
「水着が駄目なら裸でいろっていうの? わたしは別にいいけど。お尻の蒙古斑(もうこはん)もとっくに消えたし、尻尾も生えてない。目を皿にされるような変な部分はないから」
 やはり分かっていない。皿にされているどころか、体が溶けるほど視線をそそがれている。だがアメリにとって他人の視線など頓着の対象外なのだ。
「もっとも裸でも変なのがそこにいるけど。やけにうなじのヘアが濃いから」
 アメリの言葉に答えるようにぶるると鳴き声がした。動物だ。正確には馬。正真正銘の馬が、たてがみを揺らしてプールサイドでいなないている。黒くつややかな毛並みのサラブレッドだ。
「アメリ、気道に煤がない意味が分からない。説明を頼む」
 アメリへの苦言をあきらめて大黒は話を続けた。捜査陣の誰もがアメリの背中で結ばれた水着の紐(ひも)を見つめている。念力でチョウチョウ結びを解こうとしているようだ。
「焼死体ってのは大抵、火に囲まれて逃げ切れずに死亡するでしょ。だから煙を吸い込む。だけどこの死体は気管にその痕跡がないの。つまり周りが火事だったんじゃなくて、自分が火事だったわけ」
「人体自然発火現象っていいたいのか。オカルトは信じない。あり得ない話だ」
 大黒はつぶやいたが、状況はその通りだ。機動捜査隊の大河原の一報を受けて自身らが到着したとき、死体はまだプールにあった。全身が丸焦げで浮かんでいるのを捜査陣が総出でプールサイドに引き揚げたのだ。
 世の中、思わぬ火災に見舞われる場合がある。天かすの小山が酸化して燃え出す。蛸足(たこあし)配線がショートして火花を噴く。油の染みたエプロンや作業着を乾燥機に入れると発火する。金魚鉢や猫よけのペットボトルがレンズになったり、最近ではアメリカのトルティーヤチップス製造工場で四度も火事が続いた。廃棄処分するチップスを砕いて箱に入れていたが気温が上昇して油の染みているチップスが箱ごと燃えたのだ。
 だが今回はもっとも火事とは縁遠い水中のはず。当然のことだがプールの中が火事になることはない。なのに死体はアメリが告げたように全身が水中で燃えたことになるのだ。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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