よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「キューピッドの矢は安全性がJIS規格外ってのか。いいか。もうひとつ講義してやる。人体自然発火は、今までの例では、なぜか足だけ焼けずに残っていることが多いんだ。燃えても死体は散歩に行きたいらしい」
「面白いっていいたいのね」
「そこでいろいろと科学的な推理が開陳される。もしかするとある種の人間には足から上に発火する細胞があるんじゃないかとかな。だが今回は足から頭のてっぺんまで丸焦げだ。となるともっと別のなにかが関係してるかもしれん。そこで登場するのが超能力だ。俺としちゃ、しっかり調べて世界初の人体自然発火現象の証明者になるつもりだ。パイロキネシス、発火超能力と関係していると」
 二人の会話は大黒にとってはちんぷんかんぷんだったが、数之が主張したいオカルト説は業務上、否定しなければならない。信じられれば楽だが、その日からおまんまの食い上げだ。完全犯罪がまかり通ることになり、刑事としての職務は意味をなさなくなる。それに真否はともかく数之にいつまでも講義をさせていては捜査が前に進まない。
「水中の検証があるんじゃないのか」
「ああ、そうだったな。それじゃ、謎の深海に奇蹟を発掘しにいってくるぜ。戻ってくるまでに目撃証言を聞いといてくれ」
 シュノーケルを口にくわえると数之がプールへ飛び込んだ。トンデモ本の愛読者である数之は大河原からの一報に人体発火現象と決め込んでいる。天国に昇るほど嬉々として捜査に臨んでいるのだ。
「よく中に入れるわね。わたしは白衣を濡らすのもいやだわ。プールで赤い目になるのはオシッコのせいだってしってる? この中はみんながしたオシッコだらけよ。それが塩素と化合し、クロラミンって成分になって、ぷかぷかしてるの。プールに入るのは便器で水浴びしてるようなものだわ。うっかり飲んだりしたらスカトロもいいところよ」
 アメリは触れざるべき真実を身も蓋もなく口にする。白衣を着ない理由は今の言葉からくるようだ。しかし水滴が飛べば裸の体にオシッコを浴びることになる。それは平気なのだろうか。
「餌をやってもいいかね?」
 再び背後で声がした。見るとドングリに手足が生えたような人物がプールサイドの馬に寄り添っている。森田(もりた)だ。手にしたビニール袋からニンジンを取り出している。どこかへ消えたと思ったが八百屋に寄ってきたらしい。大黒は目撃証言を聞き込むために森田を手招きした。
「わしゃ、水の中で人が燃えるのを初めて見たわい。いろいろな死体を見てきたが、こりゃ、絶品のホラーじゃな。ビデオカメラを取りに帰らんといかんぞ」
 大黒が話し始める前に横にきた森田が告げた。森田は趣味でホラービデオを制作している。今回は大黒らが到着したとき、規制線の外にいる野次馬の一人だったが、事件の一部始終を見聞していた。そのために参考人として立ち会っている。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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