よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「引き揚げるのに苦労したじゃろ? なにしろ日高山(ひだかやま)関は力士の中でも特に肥(ふと)ってたからのう」
「森田さん、するとこの黒焦げの死体は相撲取りなのですか」
「へええ。あの日高山なの。だったらボクサー姿勢じゃなくて、はっけよい姿勢だわ」
 森田の言葉で手間が省けた。というのも死体は全身が真っ黒に焦げている。顔も指紋も判別が付かないほどだ。所持品もない。焼ける前ならチョンマゲが手がかりになっただろうが身元の確認をどうするかと考えていたところだ。
 日高山なら現在売り出し中の関脇だ。大黒も聞いたことがあった。向かうところ敵なし。いずれは横綱との評判だ。独身で愛嬌(あいきょう)があり、ファミリー層に人気の力士である。
「森田さん、事件の様子を詳しく聞かせてくれますか」
「ああ、いいよ。まず天気と関わりがあるんじゃ。なにしろ今日は朝からお日様がじゃんじゃん照っとった。だもんでわしは久しぶりにプールに泳ぎに行こうと思い立ってな。それでまあ、押し入れから水泳パンツを引っ張り出して、タオルやら昼飯の弁当やらをリュックに詰め込んで、てくてくとやってきたわけさ。ところが帰る段になると、いくら捜してもない」
 森田の話はいつものように長くなりそうだった。アメリはすぐに気乗りがしなくなったのか、馬の観察に向かった。
「ないってなにがです?」
「携帯電話じゃよ。おかしいな。どこにいったんじゃろ。買ったばかりの最新式じゃぞ。完全防水でな」
「携帯については紛失届を受け取りますよ。話の続きをお願いします」
「ああ、目撃証言だったな。ここはそれほど家から遠くない。歩いて二、三十分ってところかな。それで汗を搔(か)いて到着すると冷たいプールにどぼん。砂漠のオアシス、常磐(じょうばん)のハワイ。極楽そのものと午前中いっぱい、わしは近所の子供やお母さんたちと、じゃぶじゃぶプカプカやっとったんじゃ。ところが一時になると、ここの与太郎がやってきて今日はここまで。特別な貸し切り予約があるから出てくれってことになったわけさね。子供たちはまだ泳ぎ足りない様子だったな」
「与太郎って?」
「ここの経営者じゃ。あだ名なんだが、わしの幼なじみで、大人になっても遊園地に目がなくて自分の地所に自費でこんなのを作ったんじゃ。まったく与太郎だわ」
「変わったお友達がいるんですね」
 森田本人を揶揄(やゆ)したつもりだったが、こたえていないらしい。大黒は話を核心に進めることにした。
「プールを借り切っていたのは日高山だったわけですか」
「そうじゃ。与太郎は相撲にも目がなくてな。日高山のタニマチなんだわ。それで融通してやったなとわしはぴんときた」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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