よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「聞きたいんですが、相撲取りも人間ですからプールに泳ぎにくるのは不思議ではないです。だけどどうして馬と一緒だったんですか。まさか乗ってきたんじゃないですよね」
「そこなんじゃがな。与太郎から一カ月ほど前に話を聞いていたんじゃ。あいつの地所に大きな家を建てて日高山が引っ越してくるってな。なんでも十両になったら部屋を出てもよくって、一人暮らしを始めるそうなんだ。その理由が馬だとさ」
「馬のために自宅購入ですか」
「日高山は名前の通り、北海道日高町の出身だそうだよ。ご家族が厩舎(きゅうしゃ)で働いていて子供の頃から馬と一緒に生活してたんだと。それでいつかは故郷に牧場を持つのが夢だそうで、関取になって手始めにハヤテ号をこっちで飼い始めた。山梨にある観光牧場でだ。だが可愛くて仕方ない。早く自分のそばに置きたいと必死で相撲に励んでな。とんとんと関脇に出世して金ができたから、念願の馬と一緒の生活にこぎつけたわけじゃ」
「すると日高山は馬が可愛くてプールに一緒に連れてきたんですか」
「いや、トレーニングの一環だそうじゃよ。さすがにここいらに大きな家を持ったとしても、牧場並みにはいかん。与太郎には、もっと相撲で稼いで、ゆくゆくはこの遊園地に動物ふれあい広場を作ろうと話していたそうだが、馬は走るのが商売じゃろ。運動させなきゃ、健康を害する。それにはプールで泳がせたり、歩かせたりが一番なんだと。ま、わしが馬の話を聞いたのはついさっきじゃがな。なにしろハヤテ号が家にきたのは数日前だそうじゃ。関取ってのは案外、忙しいみたいだよ。先場所が終わっても付き合いがいろいろあって、やっと引き取る時間ができたそうじゃ」
 森田の長い説明でプールに馬がいる理由は理解できた。だが肝心の事件の詳細がまだだ。数之が主張するオカルト現象説を退けるためにも力士が燃えたところを聞き込む必要があった。
「それで森田さんは一時にプールから出たわけですね。それからずっと日高山と馬の様子を見ていたんですか」
「携帯電話じゃよ。どこへいったのか、皆目、見当たらん。外かなと思ってフェンスの辺りを捜してた。すると浴衣(ゆかた)姿でハヤテ号を連れた日高山がプールサイドにきてな。馬はそのままプールへざぶん。日高山は手綱を持ってプールサイドをいったりきたり、楽しそうにしておった。だが不意に馬が高くいなないたと思うとプールの中で騒いだ。なにかに興奮したのかな。それで日高山関はハヤテ号をプールサイドに誘導したんじゃ。それでも暴れるんで用心のためじゃろ、手綱をあそこに結んだ」
 森田が馬の方を指さした。馬は手綱をシャワーの配管に結ばれている。
「だがなんだろうな。不意に日高山関が浴衣を脱いだと思うと水泳パンツ姿になって、どぶんとプールに飛び込んだ」
 なんとか話を要点までこぎ着けることができた。アメリと数之が問題にしていた火種を確認する必要がある。
「日高山はそのときにプールに入ったわけですね? なにか異変に気が付かなかったですか。周りで誰かが煙草を吸っていたとか、外でゴミを燃やしていたとか、火の気はなかったですか」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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