よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「鳩(はと)が飛び続けてる。ボブ・ディランの唄が聞こえるぜ。アメリ、死体の足の裏。なにかくっついてないか」
「どうかしら。あんまり臭いんで詳しくは解剖の時にと思って、まだ細かく検死してないけど」
 ハヤテ号のそばにいたアメリが数之の声に死体へ歩み寄ると足の方にかがみ込んだ。捜査陣の視線がいっせいに動く。
「ああ、確かにあるわね。なにか黒い燃えかすが付着してるわ」
「やっぱりか。踏んづけて壊したんだ。見つけなけりゃ、よかったぜ。奇蹟との遭遇がおじゃんだ」
 数之は手にしていたビニール袋を二人に指し示した。プールにあった残留物らしい。中には黒光りする塊や鈍い光沢の物質が入っている。金属のようだ。スイミングスーツを脱ごうともせず、情けない目で数之は大黒を見つめた。
「誰かプールに携帯電話を落とさなかったか」
 大黒は数之の声に無言で森田を見やった。今の言葉で日高山関がなぜ突然、浴衣を脱いでプールに飛び込んだかに理解が及んだ。プールサイドに忘れていた森田の携帯を馬が騒いだときに蹴飛ばし、プールに落ちたのだ。
「そいつは防水タイプだったんだ。火種はそれだ。ここにあるのは鉄。純鉄だ。もうひとつは合金。おそらくニッケルコバルトだろう。なんのことはない。テルミット反応だ。俺はすっかりやる気がなくなった。帰らせてもらう」
 数之は溜息を立て続けに吐くと、スイミングスーツを脱ぎ始めた。大黒は脳裏の黒い誘惑を口にしなかったことに感謝した。暑さで魔が差しただけだ。もし同意していれば、以降は数之の派閥に誘い込まれていただろう。目だけを出した黒いマントを着て。
 残念ながらオカルト現象として事件を処理する線は消えた。となると残された多くの謎をきちんと解明しなければならない。厄介だ。いつものことながら、疫病神が隊列を作ってやってきたみたいだ。脳裏にちらついていた黒い誘惑は消え、空虚な砂漠がどこまでも広がっている。オアシスはどこにもない。
「テルミット反応ってのはなんだ」
「大黒、高校時代の化学の授業を思い出せ。そしたら分かる。とにかく俺はおさらばする」
 数之は落胆の最北にいるようだ。だが科学的に解明できるのなら、事件として成立することになる。ここからが本来の仕事なのだ。
「数之、ここで仕事を放棄したら俺は報告書にお前のことを記載しなきゃならない。そうなると明日から職を失うぞ。お前が民間企業で働けるとは思えない」
 大黒の言葉に数之はその場にしゃがみ込むと顔を両手で覆い、うめき声を上げた。
「答は了解ってことだな。さてこの一件が自然死でないのは確かだ。事故か自殺か他殺か。それを追及していく必要がある。続けろ」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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