よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「嫌なこった。一人にしてくれ。これから北へ旅に出る。これが最後の置きみやげだ。あのな、俺が言うテルミット反応って判断が正しければアルミニウムかマグネシウムか、どっちかだろう。どっちでもいいが、その粉末をこの死体は全身にかぶってたんだ」
「どっちなんだ」
「酸化アルミが検出されればアルミニウムだ」
 そこまで告げて数之は虚脱したようにプールサイドにへたり込んでしまった。
「日高山はアルミニウムをかぶっていたのか。テルミット反応の説明は後でゆっくり聞くが、プール内での化学反応ってことなら全裸にだよな? なにがどうなってこうなる?」
「それはお前が調べろよ。今の俺にはなにも耳に入らん」
「するとなにかの。日高山関が焼け死んだのはわしの携帯電話のせいなのかい。わしはなにかの罪に問われるのかい?」
 数之の大雑把な説明を聞き、おおよその次第を理解した森田がおずおずと尋ねた。
「大丈夫でしょう。数之の言葉から察するとプールに落ちた携帯電話を関取が間違って踏んづけたんだと思います。着火は事故ですね」
 数之の説明はないが、おそらく、ことの発端はそんなことだろう。ただ核心となる謎が残されている。関取がアルミニウムを全身にかぶっていた点だ。
 理由があってのことなのか、それとも偶然か。そもそも金属粉を全身に浴びてちくちくしなかったのか。相撲取りは別なのか。いずれにせよ、金属粉の謎が解明されない限り、事故か自殺か他殺か、事件の全貌は明らかにならない。
「数之、立て。とりあえず関取の自宅へ捜索に向かう」
 大黒の言葉に安心したのか、森田が告げた。
「関取の家ならわしが案内してやれるよ。しかしハヤテ号は、なにがあって騒いだんだろうなあ。なにか陰気な音楽みたいなのが聞こえた気がするんじゃが。それとも主人があの世へ行くのが虫の知らせで分かったのかな。動物には野性の本能があるからなあ」
「どうせ、近くの学校かなにかの放送だろ。下校時間だったはずだ。俺にはどっちでもいいが」
 数之が力無く答えた。
「ふふ。やっと仕事らしくなってきたじゃないの」
 アメリがしょげかえっている数之を見やりながら含み笑いを漏らしている。かしゃりとシャッター音が響き始めた。報道関係らしい人間がプールサイドでカメラを構えている。野次馬の一人がネットに書き込みでもしたのだろう。最近は一般人の事件への反応はべらぼうに早い。
「可愛いわね、馬って」
 アメリが水着姿で何度も馬を振り返ってつぶやいた。ビキニと乳房が危うい関係となって揺れ続けている。
「アメリ、撮られているぞ」
「だから、なに?」
「そろそろ服を着ろ」
「分かったわよ。ところで大黒、あんた昼に餃子を食べたでしょ。ニンニク臭いわよ」
 他人の食事にケチを付けるとアメリが更衣室へ消えた。機動捜査隊の大河原がそれを見送ると携帯電話をポケットに入れ、初めて口を開いた。
「みんな、帰るぞ」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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