よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

 目の前に構えているのは垣根が巡らされた大きな一軒家だ。奥には真新しい小屋が見える。おそらくハヤテ号の厩(うまや)なのだろう。すでに所轄によって規制線が張られ、数人の警官が警備をしていた。森田は家の前で馬をいなしながら告げた。
「もう三時をだいぶ回っとるわい。小腹が空(す)いたが、あんたら、どうするね?」
 どうするといわれても、公務中の間食は、はばかられる。それにこの田舎だ。食堂もコンビニも目に入ってこない。食べるにはどこかへ戻るしかないだろう。
「我々はこれから日高山関の自宅の検証に入ります。森田さんは引き揚げていただいて結構です」
 事件の概要は理解できた。これ以上、捜査に立ち会わせる必要はない。むしろ退散させた方が厄介な展開につながらないはずだ。大黒は小屋を指さした。
「そうかい。それじゃ、わしはハヤテ号をつないでくる」
 森田は残念そうにつぶやくと馬の手綱を引いて敷地の奥の小屋へと向かっていった。大黒はアメリ、数之にうなずくと家屋の玄関まで進んだ。
「爺(じい)さんの子供の頃にはまだ農耕馬や牛がいたのかな。あっという間に手懐(てなず)けちまったが」
「体質よ。動物はあんたや大黒が悪党だと判断するのよ。わたしにはちゃんと尻尾を振ってたもの」
「だが主人が死んだ今、あの馬は誰が引き取るんだ? 警視庁か。まさか俺たちが担当するってことはないだろうな? 大黒、お前、馬について勉強しておけよ」
 確かに万が一に備える必要は大いにある。事件が解決するまで故人の遺留品は担当部署の管轄だ。何を意識してか、ハヤテ号がこちらに好印象を抱いていないのは確かだ。
「お尻にも胸にも手を出してないな」
 数之は玄関口にいた所轄の鑑識に現場保存を確認した。相手はうなずく。数之は持参していたケースを置くと手袋をはめた。
「なにを調べりゃいいんだ、大黒」
「アルミニウムと酸化鉄の粉。それと日高山関がどんな人物だったか。気が付いたことをおしえてくれ」
 数之とアメリがうなずいた。大黒は通常より特大サイズの玄関ドアを開けた。
「相撲取りの生活というのは遠近感がおかしくなるな」
 数之の言葉通りだった。大黒は自身が童話の世界にもぐりこんだような錯覚を憶えた。
 自身が小人国にきたガリヴァーになった気分だ。目に入る物がどれも特大サイズ。玄関の先には何十畳もある居間が広がっている。そこに壁を占領する大画面サイズのテレビ。テレビの前に巨人用としか思えないソファ。
 ソファの上に体を広げているアンコウは置かれたクッション。真ん中のガラステーブルは永久凍土のように分厚く、上にあるコップは植木鉢を思わせる。すべての寸法がちぐはぐで辺りはデッサンが狂った絵画だ。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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