よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「ねえ、こっちも規格外よ」
 居間の奥に向かったアメリが声を上げている。カウンターテーブルの向こうはキッチンだった。大黒と数之が向かうと北京(ペキン)飯店の厨房(ちゅうぼう)を思わすキッチンに数々の調理器具が並んでいる。
 中央にステンレスの料理台。そこにガスレンジが四つ。中華料理店にある火力の強いタイプで上に鉄の中華鍋が置かれている。
「骨は丈夫だったようだな。鉄分は十分に摂取できる。ただし粉末じゃないが」
 鍋の他にも特大のフライパン、鉄の焼き網、包丁。日高山関は料理が得意だったようだ。確かにここで暮らすのなら外食は手軽にできない。食事は自分で作るしかないだろう。
「電子レンジがはしごになってるわ」
 アメリはキッチンの奥を指さした。両開きの巨大な冷蔵庫が三つ。その横に人間の背丈ほどの高さで床から上へと鉄枠が設けられ、それぞれの棚に電子レンジが収められている。合計五つ。
「きっと、一度にいくつも使うのね。なにをどう作ったのかは分からないけど健康に注意していたのはアスリートらしいわ」
 電子レンジを五つ用意してあるのは必要性があるからだろう。汁、肉、主食、副菜、飲み物。一食でバランスがいい食事を用意するのに、いちいち順番に仕上げるのは手間だ。同時に用意するためだろうが、要するにその量が半端ではないのだ。
 数之が手袋をした手で冷蔵庫を開いていった。中には食品がラップやポリ袋に入って詰め込まれている。鶏肉と魚類が目立つ。二つ目は野菜専用庫か。大根に葉物、根菜類。おそらく鍋料理を多く食べていたと推測できた。
 最後は冷凍食品専用らしく、パック詰めのミンチ肉、麺類などが並ぶ。好物だったのか、夏場というのに、ぎっしりと肉まんも詰まっていた。
「解剖したら胃袋が牛みたいだったりして」
 アメリがつぶやいた。レンジの横手にはスーパーにあるような特大サイズのゴミ箱が並んでいる。紙ゴミ専用の物は口までぎっしり、プラスチック類や空き瓶も空き缶も大量に詰め込まれている。
 そばに畳んだ段ボール箱が小高く積まれていた。おそらく冷凍食品を箱ごと購入しているのだろう。キッチンはまるでスーパーマーケットの裏口か、食品会社の倉庫のようだった。
「アメリ、人体ってのはどのくらいの表面積だ」
「そうね。成人男性の体表面積はおよそ一・六平方メートルとされているわ。畳一畳ほどね。だけど日高山なら畳二畳ほどかしら」
「数之、あれだけ黒焦げになるにはアルミニウム粉や鉄粉がどのくらい必要なんだ?」
「そうだな。還元した鉄からすると金属粉がそれぞれ四百グラムずつか。粉末にすると通常のインスタントコーヒーの瓶がふたつってところだ。だが調べは簡単だ。ここに金属粉がどれだけ残されてるか分からんが痕跡程度だとしても目視で分かるぜ。光に反射してキラキラするからな」
「頭まで丸焦げになったのはなぜだ? どっぷり金属粉にひたりこんだのか」
「相撲取りは鬢付(びんつ)け油をつけてるだろ。おそらくそれで髪も燃えたんじゃないか。なにしろ相当の火力だからな」
「テルミット反応は粉末じゃないと起こらないのか」
「ああ、個体ではむずかしいな。着火するにはかなりの火力が必要だ。電子レンジを使えば別だが、プールの中じゃ、コンセントがないぞ」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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