よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第二回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「アルミホイルがあるわよ」
 アメリが手近な戸棚を開けている。中にはぎっしりとスーパーの売り場のようにホイルの箱が積み上げられている。だが数之の言葉からすると、こちらもシートのままでは燃えづらいはずだ。プールでこれを体に巻いていたとの証言もない。
 キッチンの横に半透明の扉がある。かなり大きい扉のひとつを開くとトイレだった。便器がうずくまる海獣のようなサイズだ。真っ白なシャチといってもいい。床にはトイレットペーパーが小山になっている。
 二つ目の扉を開けると風呂場だった。そこだけがごく普通の世界だった。通常のマンションと同サイズのバスタブ、横にシャワー。ボディソープのボトルが申し訳程度に一瓶だけ置かれていて風呂場は乾ききっている。使用した形跡はなかった。
「なんだか、なごむな」
 数之が感想を漏らした。大黒は居間に戻ると玄関横の階段を二階へと上った。再びだだっ広い空間が広がっている。ワンフロアに部屋がふたつ。
 一つ目のドアを開けると中はトレーニングルームだった。象が寝そべるようなエクササイズ台があり、バーベルに鉄アレイがある。横にはサイクルマシン。どれも頑丈一点張りと表現できるいかつさだ。
 隣のドアを開いた。ここが寝室らしい。やけにがらんとしている。クローゼットは特大だが、衣類はそれほどない。主に中を占めているのは浴衣(ゆかた)だった。関取にとって普段着はこれですむのだろう。
 アメリの検死にもあったが、日高山関の皮下脂肪はかなりのものだ。夏は浴衣。冬の寒さの対策は必要ではなかったのだろう。
 室内にあるのは、あとは通常のデスク。収納スペース。壁際にベッドがある。むろんベッドも特大だが、いずれも特異な点はサイズだけだった。
「それで?」
 大黒の質問に数之がこたえた。
「金属粉を浴びたのはここじゃないな。どこにも見当たらない。キラキラもチカチカもしてないぞ」
 数之の推定が正しいならば、痕跡は目に入るはずだ。しかし今までざっと調べてもそれらしい粉末は見当たらなかった。
「金属粉が室内で発生するとしたらDIYでもしてなきゃいかんが、それらしい道具も材料もないな。趣味で鉄道模型を作っていたとか、金属を使った工芸やオブジェの制作に凝ってた様子でもないな」
 数之の言葉は正しい。日高山関は相撲取りで立体アートの美術家ではない。それに寝室をアトリエにしたとも思えない。趣味は馬だ。電動ノコギリやカッター、サンダーがあるとしたら屋外のどこかだろう。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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