よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「連絡はいただいてます」
 町田(まちだ)の丸子(まるこ)部屋で元大関の玉之岩(たまのいわ)こと丸子親方が沈鬱な面持ちで答えた。
 大黒(だいこく)とアメリ、数之(かずゆき)が日高山(ひだかやま)の家を出たのは一時間ほど前。車で幹線道路を南下し、着いたのは五時近い。
 丸子部屋の周りでは報道関係者が顔を揃(そろ)えていた。すでに事件は世間に伝わっているのだろう。車中でも後部座席のアメリが携帯端末をチェックし、報道がなされていると告げてきた。
 おそらく一報はプールに詰めかけていた記者たちだ。ただし内容は日高山が事故死したとだけで詳しい内容はまだだ。確かに事件か事故か判明していないだけに記者会見も開けない。それだけに続報のための情報を期待しているのだ。
 大黒は相撲部屋を見るのは初めてだったが、コンクリート造りの小振りのビルで表に看板が掲げられている。所轄の警官も内外に配置され、鑑識も含めた人間でごった返していた。
「酸化アルミが検出されたってよ」
 部屋に入る前に数之が鑑識の報告を携帯でチェックした。雑然とした様子を横目に見ながら大黒は玄関口で親方との面会を申し出たのだった。
「ごっつぁんです」
 近くにいた力士に大黒たちが案内されたのは一階の稽古場だ。テレビやスポーツ新聞で見るような板壁と土間で、第一声を発した丸子親方は一段高い板の間にあぐらを搔(か)いている。浴衣(ゆかた)姿の力士たち十人ほどが段ボール箱をいくつも抱えると外へ運び出していく。巨体の割りに動きが俊敏だ。警察の調べに稽古場でスペースを作るようにいいつけられたのだろう。一応の鑑識捜査は終えているらしい。
「警視庁の大黒といいます」
 親方に挨拶すると大黒は数之に告げた。
「金属粉の調べを頼む」
 数之はそばにいた所轄の鑑識員をともない、稽古場を出ていった。可能性のある場所を潰していき、最後にここに戻ってくるつもりなのだ。
「日高山がプールで死んだと聞きましたが本当なんですか。一体なにがあったのですか」
 親方が暗い声で尋ねてきた。口調がたどたどしい。詳細は聞き及んでいないらしい。それだけに、まだ事実を受け入れられないのだろう。
「それを調べにきたんです」
「すると本当なんですね。なんてことだ。五郎(ごろう)が死んだなんて」
「五郎? もしかして日高山の本名は」
 すすり泣きを始めた親方に大黒は確かめた。
「くうう、前田(まえだ)五郎でごわす」
「また? なんだかこの頃、前田五郎のバーゲンセール中みたい。今ならもう一人ついてくるかも」
 アメリは前田の名前に食傷気味なのだろう。デパートの店頭で販売している万能調理器具のように揶揄した。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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