よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「日高山はプールで死んだんですよね。あいつ、かなづちだったかな」
「いえ、溺死ではないのです。ちょっと変わった様子で。後ほど説明します。質問ですが日高山関は今日、部屋に顔を出していたんですよね」
「ええ、朝から稽古がありますから」
「どんな風だったのですか」
「どんな風といっても、いつも通りでした。相撲部屋の一日は若い衆なら五時起きで土俵の掃除やちゃんこの準備。稽古は朝六時頃からで十時の半ばには終わります。それから力士は風呂とちゃんこ。めしは日に二度、夕食は六時頃です」
「食事は二度とも、ちゃんこですか。この人数だとかなりの量になるんでしょうね」
「ちゃんこといっても鍋だけじゃないです。米もいろんなおかずも食べます。うちには大型冷蔵庫が四つ。電子レンジも六つあります。みんなで一斉にめしとなると、それぐらい必要でして」
「そうですか。それで日高山関のキッチンも冷蔵庫やレンジが多かったのか」
 丸子親方が淋(さび)しそうに笑った。石像が相好を崩したようで昔話のワンシーンを思わせる木訥さだ。
「よその部屋の奴らにはうらやましがられてます。うちの伝統でしてね。ちゃんこの準備は大変なんです。それでわしは工夫することにしました。温かいものは温かく、ただしできるだけ調理の手間を省く。稽古にエネルギーを注げるように調理器具の助けを借りるんです。素材を冷凍したり、レンジの力を借りても最新の技術では味は変わりませんよ」
「料理が得意なんですね」
「うまいちゃんこをたっぷり喰わせてやる。明日への活力です。もっとも関取になると晩飯はタニマチやなにやら、贔屓(ひいき)筋との会食がほとんどです。人気商売ですし。日高山は今晩も予定がありました」
 森田(もりた)がプールサイドで力士は忙しいと言及していたのは、今のような顛末(てんまつ)らしい。馬のトレーニングに励んでいたことやタニマチとの会食を告げていた様子から自殺の線は外していいだろう。やはり、事故の線が濃厚に思える。だが問題は自宅以外のどこで全身に金属粉を浴びるような特殊な状態が起こるのかだ。
「すると日高山関は今日の稽古を終えて食事を摂ると自宅へ引き揚げたんですね。途中にどこかに寄るとかいってませんでしたか、なにか変わったことに気づきませんでしたか」
「いえ、いつも通りです。いつも通り、ちゃんこを食べてすぐに帰りました。一時頃には家に着いたはずです。夜の会食以外、寄るところはないと、ちゃんこのときにも話してましたから。ニンニクたっぷりの鶏鍋(とりなべ)をたらふく喰って、それで相変わらず風呂には入らずに帰っていきました」
「相変わらず風呂に入らない?」
「やっぱり象かイボイノシシだわ。泥浴びしてもお風呂には入らないのね」
「気にせず続けてください」
「ええと、あいつはとにかく風呂嫌いでしてね。稽古じゃ、汗と土俵の土だらけになるのに体を洗わないんですよ。強く言い聞かせるまでは何週間もほったらかしで」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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