よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「数之、出るかな」
「どうかな。少しもキラキラしてない。清められたなら相手は粉末だ。表面から簡単に除去できる。難しいな」
「土俵の土は特別なものなのですか」
「いえ、特には。粘りがある粘土質混じりで国技館の物と同じです。我孫子(あびこ)市辺りの土です。昔は荒木田(あらきだ)の壁土、今の町屋(まちや)辺りのが重宝されてましたが最近は開発が進んで荒川沿いでは採れないんです」
「壁土や粘土質なら特別じゃないな。例の物が混じっている可能性は低いぜ。となるとここでクサヤを焼く用意をしたとしても別の方法だな」
「掃除した土俵の土はどこにあるんですか」
「さて、外に出しておいたはずですが、今日は燃えないゴミの日でしたから清掃車が持っていったんじゃないですか」
 親方が確認するように力士の方に視線をやる。
「ごっつぁんです」
 中の一人が肯定した。鑑識による捜査は無理なようだ。
「稽古はどんな様子だったんですか」
「それはもう土と汗にまみれる肉のぶつけ合いです。転んでも転んでもぶつかり合いを繰り返し、七転び八起きを続けますよ。お互いどろどろになり、声が出なくなります。いわば肉体言語と化すようなもので」
「大黒、今の親方の表現はおかしいぞ。一度転んだ場合、一度しか起きあがれない。七回転べば起きあがるのは七回だ。七転び八起きは不可能だ」
 数之が小声で茶々を入れる。大黒は無視して質問を重ねた。
「今日の稽古中の様子をもう少し詳しく聞かせていただけますか」
「はあ、様子ですか。といわれても、わしらは口べたなもんで、実演した方が説明しやすいですかね。ちょっとやってみましょうか。おい、稽古をお見せするぞ」
 親方は土俵際に待機していた力士の一人に指示した。力士は一連のやり取りを聞いていたのか、さっと浴衣を脱ぐ。下は回し一丁の姿だ。
「それで日高山の役となると誰がいいですかね。あいつと体格が同じくらいの者はなかなかいませんが、誰でもいいですか」
「大黒、推理よりも実践だな」
「そうよ。大事な捜査だわ」
 数之とアメリが間髪入れずに言葉を発した。
「残された場所はここだけなんだ。どうしても確かめておかないといけないぜ」
「どうやってだ」
「決まってるわ」
「それ以外を頼む」
 アメリの言葉は端的だ。つまり捨て石が必要だということ。おそらく実験台にさせられるのだろう。大黒の脳裏のもやもやは霧散し、厄介な展開への心配が黒雲のように広がった。雷鳴が聞こえる。嵐は近い。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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