よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

 確かに誰かが日高山の全身に金属粉を浴びせたとしたら、回し一丁の状態である稽古中が最有力だ。となると、この部屋の人間が怪しいことになる。だがそれを自身が実践するには筋肉も脂肪も不十分だ。今すぐ肥(ふと)るわけにもいかない。
「大黒、アメリは女だ。回し一丁の姿は若い衆には毒だ」
「わたしはいいけど。一度、本当の力士と勝負をしてみたかったから。ただ勝っちゃうと実験にならないのよね」
 アメリは大学時代、キックボクシング部に所属していた。男子選手にも負けなかった猛者(もさ)だ。
「それに俺は残された鑑識捜査がある」
「まさか、最後に火を付けるつもりじゃないだろうな」
「おっと、それは考えてなかったが。そうか、つまり、やってもいいってことか」
「自分から申し出るなんて大黒も殊勝ね。稽古後が楽しみだわ」
「そうと決まれば親方、お願いしますぜ。こいつは刑事の癖に引っ込み思案で。でも昔から相撲に憧れてたんです。いい機会じゃないか、大黒。遠慮するな」
 数之が口から出任せをいった。沈鬱そうだった丸子親方が微笑んだ。木訥さが痛いほど伝わる。
「日高山のために体を張ってくれる心意気。ごっつぁんでごわす。弔いも兼ねて、しっかり調べてくだしゃんせえ。大丈夫ですよ。手加減しますから。おおい、回しをつけてさしあげろ」
「ちょっと待て。別に方法があるはずだ」
 事情を理解したように親方は相手役の力士にうなずいた。木訥さが裏目に出ている。親方の指示は絶対らしい。力士らには大黒の抵抗など赤子の手をひねるようなものだった。肉と脂肪に囲まれると稽古場の奥へと連れていかれる。
 抵抗しているつもりだった。しかし力士たちの力は半端ではなかった。手加減しているつもりだろうが、普通の度合いが分からないのか、体が少しも動かない。奥であっという間に服を脱がされると回しをつけられ、土俵に引っ張りだされた。
「似合うじゃないの。大黒福助(ふくすけ)だから大福山とでもする?」
「いや、オリンポス山がいいな。親方、それじゃ、しっかり揉(も)んでやってください。大切な捜査の一環です」
 大黒を見てアメリと数之が嬉(うれ)しそうに声を上げている。若い力士が土俵の横に塩が入ったザルを置いた。
「刑事さんを日高山にして、今日の稽古を再現します。まずがっぷり四つで、がぶり寄り」
 準備運動もなしに親方の声が飛んだ。相手役の力士がぱっと塩を撒いたと思うと大黒の体に組み付いてくる。がつんと体が振動した。
 車がぶつかったような衝撃に続いて関節のどこかが鈍い音を立てた。力ずくで腰を上下にゆすられ、なす術(すべ)もなく、突風に襲われて呑み込まれた木の葉のように土俵際に押しきられた。四肢が奇妙に歪(ゆが)んでいる。
「次はたすき反りです。あんこ型の日高山は押し出すのが難しいから反り技や掛け技でよく攻められました」
 親方の言葉に続いて四つに組んでいた相手が大黒の腹に体を入れると足に腕がかけられ、そのまま引き上げられてひっくり返される。ふわりとした感覚の後は落下の衝撃だった。がつんときて一瞬、意識が遠のく。大黒は土俵の上に仰向けになっていた。背中をしたたかに打った。痺(しび)れが体の先まで広がる。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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