よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「やぐら投げと播磨(はりま)投げを」
 肩を摑(つか)まれて引き上げられた途端、再び組み付かれた大黒は抱え上げられると投げ出され、引っ張り上げられると片足を摑まれて放り出される。呼吸ができない。手足がちぎれたに違いない。腰がふらふらし、平衡感覚がおかしい。
「ずぶねり、とったり、送り投げ」
 まるで親方は相撲の決め手を紹介するように技の数々を口にした。声に合わせて大黒は操り人形のように、投げられ、倒され、ひっくり返され、空を飛び、地を這(は)い、体がもみくちゃにされていく。待ったの声さえ出ない。ただ自身の意識を保つのが精一杯だ。まだ数分しか経っていないというのに全身が汗にまみれて光り始めた。
「最後は後ろもたれ」
 親方の言葉に組み付いた相手がくるりと体をかわして背中を大黒の正面にくっつけた。そのまま自身の体重をいっぱいに預けてくる。否応なく、体が真後ろに倒れていく。人間ピサの斜塔だ。
 ぎゅうと声ではなく、体が音を立てた。大黒は力士と土俵の土とにサンドイッチにされた。アメリカ漫画ならぺらぺらの紙のように平たくなるところだが、あながち誇張された表現ではない。大黒は頭部に光輪を感じていた。
「大黒、確かに全身が土まみれだぞ。最後の後ろもたれってのは自分の背中を相手の前面にべったりだ。まるでプロレスの技だな。この決め手でお互いに土まみれなら十分に全身がクサヤの準備になる。これで火が付いたらプールで、ああなって不思議じゃないぞ」
 嬉しそうに数之が告げた。土俵につっぷしたままの大黒は腹も背中も茶色一色の泥人形といっていい。あるいは泥浴びしたカバか。立ち上がるのもままならなかった。星がチカチカして女神の笑顔が脳裏に浮かんでいる。
「ふふん。後ろもたれね? 最後のはちょっと変わった技だわ。日高山はいつも今の技をかわす練習してたの?」
 起きあがらない大黒を無視してアメリが親方に尋ねた。
「いえ、最後のは特別です。今日の出稽古で出た技ですよ」
「で、げ、い、こ、で、す、か」
 体がばらばらになったような痺れを覚えながら親方の言葉に大黒はなんとか顔を上げて尋ね返した。
「ええ。大関の宮古(みやこ)関が予定していた出稽古に途中できましてね。来場所も日高山との対戦が控えてますから、向こうも必死なんでしょう。奇妙な技を繰り返してました。なんとか勝機が摑めないか、探りたかったんだと思います」
 半身を起こした大黒は再び尋ねた。
「み、や、こ、ぜ、き、で、す、か」
「はい。向こうは先場所も負け越し、今度の場所もあんまり振るわないでしょう。いわゆる角番です。下手をすると大関から転落です。下へ落ちると這い上がるのは並大抵ではないですから必死なんですよ」
 そこで親方は苦い顔をした。
「宮古には悪い癖があるようでしてね。もっぱらの噂ですが好きな博打(ばくち)の借金で首が回らないとか。よくないのと付き合ってるらしくて、相撲で金を稼がないと首が飛ぶらしいですよ。今日もちゃんこを食べながら、しきりと携帯電話をいじってました。おそらくノミ競馬の結果でも確認していたのでしょう」
 土俵に座り込んだかたちで大黒は、体の痛みと痺れは別として脳裏のもやもやがすっきりと消えるのを感じていた。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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