よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第三回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

「それでなにか、摑めましたか」
 声を発せない大黒に親方が質問を続けた。
「プールで死ぬとなると、日高山はやはり変な事故にやられたんでしょうか?」
「親方、実は焼死なんだよ。プールでな」
 初めて事情を説明した数之の言葉に驚くかと思ったが親方は、なにかを思い出したように顔をしかめた。
「とうとう悪運に摑まったか」
「うん? 親方さんよ。というとなにか心当たりがあるみたいだな」
 声が出ない大黒に代わって数之が聞き込みを始める。
「日高山はここのところ、立て続けに危ない目に遭ってたんです。でも今まで、なんともなかった。だから運がいい。でも頻繁だから運が悪いともいえる。またなにかあるんじゃないかと心配してたんですが」
「そうかい。立て続けにね」
「ええ、こないだは道路を歩いていてビルから看板が頭に落ちてきたといってました」
「無事だったのか」
「少し血が出た程度だから唾をつけて済ませたとか。でも普通の人間なら大怪我(おおけが)でしょう。なにしろ何キロもある金属製でしたから。バナナの皮に滑って腹に刃物が刺さったこともありました」
「今どき、バナナの皮にか」
「日高山がいつも通る夜道に、ご自由にどうぞと張り紙があって、いくつもバナナが並んでいたそうです。普通なら警戒するでしょうが、なにしろ日高山です。嬉々として手を伸ばした。そしたら手前に捨ててあった皮でひっくり返りましてね。すると地面に包丁が」
「まるで猿だな。しかし、地面に刃物が突き出ていたとは、えらく都合がいいんだな」
「ですが刃物の方がぽっきり折れました。奴はとにかく最近では滅多にいないほどのあんこ型です。少々の刃物ではなんともない」
「象並みの皮膚ね。脂肪が厚いだけじゃなく、固太りなのね」
 アメリが納得したようにつぶやいた。
「他にもロープに首が絡まったこともありましたが、ロープの方が切れましてね。これは後から聞いた話で、事前にしっていたら止めてました。大事に至らずによかったですよ。運がいいのか、悪いのか」
「運の善し悪しというより、頭の善し悪しじゃないのか。なんでロープが首に絡まるなんて事態が起こったんだ」
「誰から聞いたのか、比叡山(ひえいざん)の密教修行だとか。喉輪の特訓にはロープで自身の首を鍛えるのが効果的だといって日高山が試したんです。ちょうど首を括(くく)るように高いところにロープをひっかけて、その輪に首をかける」
「間違ってロープの輪が締まったらどうするんだ」
「なんでも特別な結び方があるから大丈夫だとかいってました。だけど試してみたらロープの方がもたずに終わった。聞けばそうとう太い物だったみたいですが、笑い話みたいに打ち明けてましたよ」
 数之はそこまで聞いて大黒に視線を投げている。話はよく理解できた。大黒は先ほどの力士たちの様子を思い出し、なんとか質問を口にした。

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

Back number