よみもの・連載

困った死体は瞑らない

第二話 世界一重たい茹で卵(第四回)

浅暮三文Mitsufumi Asagure

 午後九時。八月の太陽は執念深い。七時前には沈んだはずが、嫌がらせのように余熱を蓄えた風で辺りを蒸し返している。
 喪服姿の人間が行列となって田舎道を歩いてくる。いずれも大仏が黒い紋付き袴(はかま)を着たようで荘厳な光景だ。仮通夜に出る角界の親方や関係者たちだった。作戦を考えた大黒(だいこく)が丸子(まるこ)親方にアナウンスさせた時刻だった。
 すでに日高山(ひだかやま)関の自宅は浴衣(ゆかた)姿の力士たちによって大きな家具類がガレージやら家の裏に運び出され、会場の準備が整っていた。同門の部屋の先輩格の姿もあり、まるで象の集会だ。人数が多いこともあるが、巨漢ばかりで圧迫感がある。
 受付は玄関の垣根の前に設けられ、少し離れて捜査一課の私服刑事が待機している。大黒は玄関先から来訪者を見定めながら目的の人物を待った。推理が正しければ必ずくるはずだ。相手の顔写真はスポーツ新聞の記事で確認してある。
 大黒は視線をやった。行列をなして向かってくる大仏たちの中に奇妙な人影がひとつあった。
 肩を落とし、きょろきょろと周囲をうかがう素振りを見せ、列から外れたかと思うと、また歩き始める。ゼンマイが切れかかった玩具のロボットのようで、一目で相手の思いが把握できた。本当は来たくないのだ。できればきびすを返して帰りたいのだ。
「数之(かずゆき)、宮古(みやこ)関だ」
 大黒は横に控えていた数之に告げた。
「図体がでかい癖に小心な野郎だな。とても人殺しとは思えないぜ」
 同行を強く主張してついてきたアメリは、捕り物までまだ時間があるために暇つぶしにいくといって馬小屋だ。
「大黒、始まる前にお前の推理を説明してくれよ」
「今回の事件は工学的なプランとその失敗にあった。失敗の原因は馬だ」
「日高山が馬を飼っていてプールにトレーニングにいくとはしらなかったんだな」
「だから水中で人体発火というオカルトじみた現象が起こった」
「残念だな。バチカンへの電話はまた次回に回すことになっちまった。だが奴がテルミット反応に目を付けたのはなかなかだ。力士は回し一丁の裸でいることが多い。稽古のときの塩に金属粉を混ぜておけば多少キラキラしても分からないからな。まんべんなく全身に付着させるのにはもってこいだ。一般人ならチクチクするだろうが日高山は皮膚が厚いから気にならなかったんだな」
「丸子部屋の料理器具の充実ぶりは有名だったそうだ。だからレンジを使った今回の計画を立てた。親方がいっていた一連の事故も奴が仕組んだことだろう。だがどれも失敗に終わった」
「残された手段が焼死させることだったんだな。撲殺も刺殺も絞殺もきかないんだから」
「毒殺する手もあったかもしれない。しかしそれでは証拠が残る。専門家でなければ難しいだろう」

プロフィール

浅暮三文(あさぐれ・みつふみ) 1959年兵庫県生まれ。関西大学卒業後、コピーライターを経て、98年『ダブ(エ)ストン街道』で第8回メフィスト賞を受賞しデビュー。2003年『石の中の蜘蛛』で第56回日本推理作家協会賞長編部門を受賞。著書に『ラストホープ』『実験小説 ぬ』『10センチの空』『セブン opus2 古い街のひそかな死』『私立警官・音場良 ロック、そして銃弾』『誘拐犯はカラスが知っている 天才動物行動学者 白井旗男』ほか。

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