よみもの・連載

堂場瞬一×神田松鯉 作家デビュー20周年記念スペシャル対談
求道の途中で

 
構成/宮田文久 撮影/大槻志穂

神田
たとえば『源平盛衰記』から「那須与一 扇の的」をかけるときには、波の音からまずやります。屋島の合戦で、海上の平家が源氏を挑発し、舟に立てた竿の先にくくりつけた扇の的を弓で射よという。那須与一は決死の思いで、馬にまたがり海に入っていくわけですが、ざざざざざざだっぷーん、ざざざざざざだっぷーんとやると、浜辺の波のすさまじさ、その画をお客さんは描くことができますね。そういう具体的な表現を、私らの場合はします。砂浜を走るときはさっくさっくさっくさっく、蹄が岩を嚙む音はがっきがっきと、細かいところまでやりますね。
堂場
小説ではそうした擬音は、そこまで書かないかもしれませんね。具体的にではなく、比喩で何とかしたい、と考えがちです。僕は今回、昭和十年代の話を書いているときに苦労したのは、話し言葉でした。その頃の大人がどんなふうに喋っていたのか……当時の小説に書いてあるのも話し言葉そのままではないし、古い映画を見てもそれは台詞の世界。日常会話でそんなふうに話していたかどうかは、本当はわからない。力は尽くしましたが、不自然になっていなければいいなと祈るばかりです。現代物でも今年、初めて女性を主人公にした長編『聖刻』に取り組んでいたんです。三十歳くらいの女性なんですが、「今の女性はこんな喋り方しません!」と編集者にツッコミを入れられたばかりでして(笑)。
神田
そうですか? 私は先生の小説に出てくる女性は、大変魅力的な方が多いように思います。それこそ鳴沢了シリーズに出てくる小野寺冴ですとか……私は惚れっぽいから、読んでいるうちに惚れちゃうんですよ(笑)。
堂場
それは作者冥利に尽きます(笑)。
神田
先生の描く女の子は、とても格好いいんですよ。『検証捜査』の一連の作品に出てくる保井凜もいいですし、被害者支援課シリーズでは松木優里。
堂場
嬉しいです。本当にたくさん読んでいただいていて……読書家でいらっしゃることは存じ上げていたのですが、驚いております。
神田
講談の基礎教養というのは、基本的には歴史的な知識です。私も以前は、時代小説ばっかり読んでいました。それがこんなにも警察小説のシリーズを読むようになったのは、先生がはじめてだったんですよ。
堂場
なんと、光栄です。
神田
普段から読書をするときは、枕に使えるかもしれないのでメモをとる癖があるんですが、先生の作品でも警察にかんする専門的な知識などは、講談の参考になるかもしれないとメモをとっています。そうそう、講談と小説ということで思い出したんですけれど、師匠である二代目の神田山陽が、生前喜んでいたことがあるんです。「天一坊事件」という徳川吉宗の落胤騒動を題材にした連続物『徳川天一坊』を聞いた江戸川乱歩先生が楽屋をおとずれて、「これは立派な推理小説だ」というようなことをいってくださったそうなんですね。師匠はよっぽど嬉しかったんでしょう、その話を、私は耳にタコができるほど聞かされました(笑)。
プロフィール

堂場瞬一(どうば・しゅんいち) 1963年、茨城県出身。青山学院大学国際政治経済学部卒。2000年、第13回小説すばる新人賞を受賞し、2001年1月、デビュー作『8年』を刊行。2013年、読売新聞社を退社し、作家専業に。2020年までの出版点数は152冊。
最新刊は10月26日刊行予定の『幻の旗の下に』。

神田松鯉(かんだ・しょうり) 1942年、群馬県前橋市出身。 講談師・人間国宝。日本講談協会、落語芸術協会所属。日本講談協会では名誉会長を、落語芸術協会では参与を務める。1970年、二代目神田山陽に入門。1992年に 三代目 神田松鯉を襲名。1988年、文化庁芸術祭賞を受賞。長年の講談界全体への功績が認められ、2019年、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。