よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

「とりあえず、松本城は絶対だろ。城下町を歩いて、次はアルプス公園? そばと、信州味噌(みそ)の味噌ラーメンは絶対だよな。あと温泉」
「うん……」
「安曇野(あずみの)の方に足を延ばしてワイナリー巡りもいいよな。ま、ドライブしながらぼちぼち話そうや」
 梨本がスマホの地図アプリを立ち上げ、松本城への経路を表示しようとしたとき、有沢がようやく口を開いた。
「戸隠(とがくし)神社に行く」
「戸隠?」
 まさか、と梨本は地図アプリで「戸隠神社」を検索した。
 おぼろげな知識通りだ。松本からさらに上、北信濃に検索ピンが刺さる。町はグレー、平地はベージュ、戸隠神社のある辺りは一面が緑色。山の中だ。
「こっから車で一時間半はかかるぞ? 今回は松本で良くない?」
「パワースポットなんだよ」
「は?」
「戸隠神社は、最強のパワースポットなんだ。五つの社があって、五社めぐりっていって全部回ると運が開ける。開運パワーを体いっぱいに与えてもらえるんだ」
「アリ、どうしちゃったの?」
 何度も一緒に遠出をしているが、パワースポットに行きたいなどと言い出したのはこれが初めてだ。
 そもそも、同じ高校に進学して出会った二十五年前から、有沢がオカルト的なことに興味を示したのは見たことがない。
「どうしたとかじゃなくて、普通に良くない? パワースポットは、単なる神頼みの場所じゃないんだよ。目に見えない力を感じる場所、エネルギーや癒やしを与えてもらえる場所なんだ。俗世間から離れることで自分を浄化できるともいうし。なんか、気持ちがスカッとしそうじゃない。ちょっと資料作ってきたから見てよ」
「金(かね)」
 有沢が差し出した紙束は無視し、手を伸ばしてグローブボックスから財布を出した。
 昼食やお茶の代金、入場料、レンタカーを借りたときは高速代、駐車場代などを、いちいち割り勘にしないで幹事がさっと会計するための共同財布だ。最初に二人とも同じ金額を入れておく。数年前、妻に教わって古い財布を男二人旅専用にした。
 とりあえずの五千円札を入れようと開くと、使い残しの小銭が音を立てる。お前も入れろ、と有沢に財布を向けると、資料を声高らかに読み上げるところだ。
「北信濃の美しい自然、澄んだ水で心を浄化するとともに、古くからこの土地を守り作物を育んできた豊かなパワーに抱かれることで心身のエネルギーをチャージするのです」
「銀行員って暇なのかよ。そんなの作って」
「魂に負荷を掛ける雑音が次第に消えていくとともに鋭敏さを取り戻した心のアンテナからやがて宇宙のエネルギーがふわりと全身を包んでいくのを感じ──」
「よし分かった。安曇野に行こう。安曇野にもなんか神社があったよ。そこで丁寧に丁寧にお参りすれば効果は同じだって。戸隠より全然近いし、山奥に行くよりも気分がパーッと」
「戸隠神社がいい」
「──」
「俺、今、パワーが必要なんだよ。頼む」
 見たこともないほど真剣な眼差しが梨本を見据える。
 有沢の膝に共同財布を放り、スマホの地図アプリに「戸隠神社」と入力した。
「アリは良さそうなそば屋を探して」
「分かってる。これ、ちゃんと五千円分あるから入れるね。財布が重くて」
 有沢が嬉々(きき)として財布を開き、ポケットから出した千円札や小銭を入れる。
 梨本は戸隠神社までのルートが表示されたスマホを、ナビ用のスタンドに立てて車をスタートさせた。計画変更だが仕方ない。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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