よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

 アリ、ナシ、と呼び合うのは、男子校で過ごした高校時代の呼び名だ。二人の名字だけでなく、メガネの「アリ」「ナシ」以外に見た目が似ていることからだ。
 ──お前ら、なんか兄弟っぽいよな。
 高校の同級生十数人からなる、いつメン会──いつものメンバーで集まる飲み会の略──で何度となく言われたことがある。見た目だけではない。強気で積極的な梨本と弱気で優しい有沢は、力関係も兄と弟のようだと。
 梨本は東京で兄と一緒に家業の製造業を継いだ。有沢は都市銀行に入行し、転勤で全国各地を回っている。普段はろくに連絡もしない。
 二人で年に一度の旅をするようになったのは、十年前、三十歳を迎えたときだ。
 当時札幌にいた有沢と、三十路記念に中間地点の仙台で落ち合い、安いビジネスホテルをとって泊まりがけで飲んだ。それが思っていた以上に楽しかった。
 互いの家に泊まれば遠慮があるし、日帰りだと時間が気になる。泊まりがけで出かければそれがない。おいしいものを食べて呑んで高校時代に戻ったように楽しめる。一年二年、間が空いても、再会すれば空白などなかったように接することができていた。
 梨本の隣で有沢が不意に歩みを止めた。
 車を駐車場に止め、戸隠神社の最奥にある奥社(おくしゃ)に続く参道入口まで来たところだ。大鳥居の前に立った有沢が、ついでカニ歩きで左端に寄る。そして神社の奥に向かってうやうやしく一礼した。
「何やってんの?」
「鳥居をくぐるときは、こうやって神様に挨拶して、端っこから入るのがいいんだって」
 しずしずと有沢が鳥居の左端をくぐっていく。相当、勉強してきたようだ。
「戸隠神社はね、昔、天照大神(あまてらすおおみかみ)が天岩戸(あめのいわと)に立てこもったときに、怪力の神様が岩戸をぶち破ってぶん投げて、その岩戸が落ちたところなんだって」
「神様のくせにえらい凶暴だな」
「それくらいパワーがあるってことだよ。門も頑丈そうでしょ」
 本当か嘘(うそ)か、茅葺(かやぶ)き屋根に注連縄(しめなわ)が掛けられた赤い随神門(ずいじんもん)がどっしりと構えている。そこをくぐった梨本は、下界と隔絶されたような気分になった。
 連日の雨でぬかるんだ参道がまっすぐに延びている。その果ては霧で白く煙っている。まるであの世にでも向かうかのようだ。
 見渡すと数メートルの間隔をおいて、参拝客が奥社に向かって歩き、参拝を終えて戻ってくる。駐車場に止まっていた車や観光バスの台数からみて、かなりの数の参拝客がいるはずなのに、しんと静かだ。
 霧雨が音を吸い取っているだけではない。遥か天まで伸びる杉の木が、参道の両側に壁のように並んでいるからだろう。
 有沢が「見て」と梨本に並ぶ木々を示す。
「高さがすごいよね。ここまで伸びるのは神聖な土地だからだよ。土地や空気からいい気を吸い込んだ、パワーの固まりなんだ」
「何やってんの? あれ」
 梨本は参道脇に数歩入った草深い辺りを示した。数人の若い男女が、濡れるのもかまわず、それぞれ木に両腕を回して抱きついている。有沢が顔をほころばせた。
「ツリーハグだよ。木の生命力を分けてもらうんだ」
 有沢が男女と同じように参道脇に踏み入った。
 まさかと見ていると、直径一メートル近くありそうな樹を選び、両腕を回して抱きついている。まるで太った子猿だ。
「ナシもやろうよ。こんな機会めったにないじゃん」
「アリ、なんかあった?」
 梨本はたまりかねて歩み寄った。
 前回の旅の予定は有沢の名古屋転勤で流れた。それから有沢はいつメン会に一度も出席していない。
 夫婦二人暮らしで仲は良かったはずだ。仕事もまあまあ順調だと聞いていた。名古屋に転勤してから何かあったのだろうか。
 有沢が顔だけを梨本に向ける。
「なんかって?」
「いや。ほら、雨がひどくなんないうちに行こう」
 名残惜しそうな子猿を樹から剥がし、背を押して参道に戻す。焦らなくてもいずれは聞き出せる。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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