よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

 社を出て、霧で煙った景色を撮影する。振り返り、社や古びた絵馬殿も撮る。もう一つの社・九頭竜社(くずりゅうしゃ)と小さな滝も抜かりなくカメラに収めた。
 撮った画像を確認し、これというものを選んでSNSのアプリを開く。
 ──北信濃探索中。大人旅。戸隠神社。
 キャプションとタグをつけ、投稿しようとして手を止めた。
 フォロワーにもっと食いついてもらいたい。気が進まないがパワーワードはこれくらいしかない。
 ──パワースポット。
「ナシ、SNSを始めたんだ?」
 いつの間にか寄ってきた有沢に画面を覗き込まれ、梨本はあわてて投稿ボタンを押した。
「うん。仕事の一環。俺は自営業だから、自分でどんどん攻めていかないと」
 SNSはやっていないという有沢に、梨本は画面をスクロールして投稿を見せた。
 サッカー大会、ハイキング、花火大会、ドライブの写真が流れていく。一番多いのはホームパーティーの写真だ。
「仕事じゃないじゃん」
「人脈作り。金にしても仕事にしても、縁は人が運んでくるんだから。理想の人生を送るってことはさ、人的資産を作ることから始まるんだ。人的資産、分かるよな?」
「うん」
「神頼みもレジャーとしては悪くないけどさ、やっぱり最終的には、自分自身で努力するのが一番。確実だし、何より手っ取り早いと思うんだよね」
「ナシは今、幸せ?」
「何、いきなり」
「幸せ?」
 有沢がまじまじと梨本を見つめた。
「まあな。仕事が楽しいし、やりがいがあるし」
 返事の代わりに深い溜め息が返ってきた。
「アリ、ほんとどうしたよ? 念願のパワースポットに来ただろ?」
 四十分掛けて山を登ったというのに、有沢の表情は梅雨曇りのままだ。もう一度拝んでこい、と社に押しやろうとして手を止めた。
「そういえば、アリは神崎(かんざき)の結婚パーティー、なんで行かなかったの?」
「え?」
「神崎の結婚パーティー。俺は仕事があって行けなかったけど」
 宙に視線を彷徨(さまよ)わせていた有沢が、思い出したのか「ああ……」とうなずいた。
 いつメンの一人が四十歳にして結婚し、一カ月前に結婚パーティーを行ったのだ。SNSで写真を見たら、有沢の姿がなかった。
「ちょっと、用があってさ。あ、ご神水を汲(く)もうよ」
 さっき梨本が写真を撮った小さな滝へと有沢が下りていく。飲み干して空になったペットボトルをゆすぎ、中に湧き水を入れていく。
 義理堅い有沢が友の結婚パーティーに出席しないとは、よほどのことがあったのだろう。梨本が首を傾(かし)げたとき、スマホにセットしてあるアラームが鳴った。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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