よみもの・連載

大人の旅の物語

1 男二人は聖地を目指す

遠藤彩見Saemi Endo

「俺、言っちゃなんだけど肌、きれいになったと思わない? 男も中年になったら、手入れしないと小汚いおっさんまっしぐらじゃん。銀行も接客業だろ? 清潔な見た目は出世の武器になるよね。そして、ばりばり仕事をするには、何と言っても健康が一番」
 ビタミン剤、ミネラル剤、プロテインバー、日焼け止め。デイパックに入れてあった愛用品やサンプルをいくつか出した。
「値段はちょっと高めだけど質は最高、勧めた人はみんな、体の切れがよくなった、寝付きも目覚めもよくなったってリピート購入するよ。年齢は──」
「階段と同じで上がれば上がるほど落ちたときがキツい。俺の伯父さんも同じことを言ってた」
「伯父さん?」
「中学生のとき、伯父さんがナシがやってるネットワークビジネスにハマって大変なことになってた」
 梨本は、渡したエネルギードリンクにじっと見入っていた有沢を思い出した。
「ナシ、正直に言うけど俺だけじゃなくて、いつメンみんな心配してるよ」
「心配?」
 梨本は苦笑した。
 素晴らしい商品を使ってみないかと勧めただけなのに、いつメンは皆、梨本を避けるようになった。神崎の結婚パーティーにだって、梨本だけ呼ばれなかったのだ。SNSでそのことを知り、せめてと祝いの品を送ったが反応はなかった。
「伯父さんみたいになってほしくないよ」
「大丈夫だって。そりゃ、最初から絶好調ってわけにはいかないし、トライ&エラーが続いたりもするよ。でも、SNSのフォロワーも少しずつ増えてきてるし、これからなんだよ」
「奥さんだって心配してるんじゃないの? タッくんやミクちゃんもいるんだし」
「家族のためなんだよ」
 梨本は傍らに置いてあったメニューをつかみ、有沢の前に置いた。
「そばだって、好きなものを選んで食べたいと思うだろ? 金があればあるだけ選択肢が増える。人生のメニューだって同じなんだよ」
 子ども二人が小学校に上がり、そろそろ家を建てたいと妻と検討するようになって、梨本は痛感した。
 窓の数、ドアの種類、防犯設備、塗装のレベル。すべてが選択だ。そして、梨本のようにそこそこの金しか持っていない者の選択肢は限られている。
「子どもに恥じるような真似(まね)はしてない。自分で使っていいと思う商品しか勧めてないし。俺はやりがいのある仕事を持てて幸せだと思ってる」
「──」
「分かった、アリには勧めないから、もうこの話は止め。な?」
 梨本は有沢の視線を避けてスプーンを再び手に取った。すくおうとしたそばソフトはすでに半ば溶けてしまっていた。

プロフィール

遠藤彩見(えんどう・さえみ) 東京都生まれ。1996年、脚本家デビュー。テレビドラマ「入道雲は白 夏の空は青」で第16回ATP賞ドラマ部門最優秀賞を受賞。2013年、初めての小説『給食のおにいさん』を発表。著書に、シリーズ化された同作のほか、『キッチン・ブルー』『イメコン』『バー極楽』『千のグラスを満たすには』などがある。

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